日本統治時代の1931(昭和6)年に行われた夏の甲子園で嘉義農林学校(嘉農、現・嘉義大学)を準優勝に導いた野球部のエース、呉明捷氏の像が、今年2月からの修復作業を終え24日、南部・嘉義市内の噴水に「復帰」した。
嘉農野球部の物語は「KANO 1931海の向こうの甲子園」のタイトルで映画化され、台湾で2014年、日本で翌年公開された。甲子園では4試合連続完投した他、4割以上の高打率を残した呉氏の投球フォームをイメージした像は、嘉義出身の彫刻家、蒲浩明さんによって制作され、台湾での映画公開直前に設置された。
黄敏恵(こうびんけい)市長は、表面の塗装が剥離していた他、噴水の機械や配管設備も老朽化したため、修復したと説明。修復も製作者の蒲さんが手がけたとし、耐久性と構造の安全性をより高めた銅材を使い、本来の大きさや緻密さを残しながら再制作され、長期にわたって保存されることになったことをうれしく思うと語った。