(台北中央社)1996年に台湾初の民選総統選挙で当選し、「台湾民主化の父」と呼ばれる李登輝(りとうき)元総統の人生を通じ、台湾民主化の歴史を再構築する新著「台湾的李登輝時代:意外国度的重塑」が台湾で22日に出版される。著者で米スタンフォード大学フーバー研究所の林孝庭氏は、李登輝氏は一生涯「自分は誰なのか」と自問し、さまざまな課題について、歴史の流れによって異なる言説と立場を示していたが、変わらなかったのは「台湾へのアイデンティティー」だったとの認識を示している。
今年は台湾で総統直接選挙実施30周年に当たる。中央社のインタビューに応じた林氏は、李元総統が終戦直後、国民党への失望から一時、共産党に入党していたことは、彼の人生で唯一、体制の外へ出て抵抗、挑戦しようとした時期だったと語る。それ以外の大部分は、党国体制に不満を抱きながらも、革命家になろうとしなかったと指摘する。
また、李元総統は必ず中華民国を終わらせようとしたわけでないとしつつ、中華民国が李氏の手によって再定義され、再構築されたことは否定できないとし、その政治的遺産は現在の中華民国の政治構造に、なおも影響を与えているとした。
中国に対する見方については、88年の総統就任当初こそ、蒋経国(しょうけいこく)元総統の「三民主義による中国統一」といった路線を引き継ぎながらも、中国共産党内部の権力闘争の複雑さを認識するにつれ、台湾は自らをしっかり管理すればよいといった考えにシフトしたと説明。総統直接選挙以降は、両岸(台湾と中国)関係の改善に以前ほど積極的ではなくなったとの認識を示した。
95~96年の台湾海峡危機は、感情的、現実的に台湾に運命共同体としての集団意識を深めさせたと強調。49年から続いてきた「中国―台湾」イコール「中央―地方」といった政治的構図は「中国―台湾」イコール「敵国―わが国」といった新しい概念に変化し、政治権力が歴史的な正統性ではなく、選挙によって決められ、統治の正当性が「中国の代表」から「台湾の人々に選ばれた」に変わり、両岸(台湾と中国)関係は従来の上下関係を維持できなくなり、双方の境界意識が確立されたとした。
李登輝政権時代の台米中関係を巡っては、台湾の強い経済力などを背景に、国際的な活動の場を広げていたと説明。現在のように中国が台頭し米国に対抗できるようになると、米中の間に挟まれた台湾は外交面で活動の余地が大きく狭まり、当時のような状況に戻ることは難しくなったと語った。
また、李登輝政権下における権威主義体制からの民主化を台湾人が自らどう評価するかだけでなく、日本、英国、米国、フランスといった主要国が台湾の民主化をどのように見ていたかも理解する必要があると強調。今回の作品では李元総統の人生や政権運営を描いただけではなく、海外で公開された機密文書を通じて、李登輝研究と台湾民主化研究を国際的な視野で捉えたと述べた。
その上で、若い世代にはこの歴史への理解を深めることで、今日の台湾で当たり前のように享受している民主主義が、長く困難な過程を経て築かれたものであることを理解してほしいと期待を寄せた。