(屏東中央社)第二次世界大戦で亡くなった日本人の遺骨の収集に向けた発掘調査が、南部・屏東県の恒春半島で20日に始まった。日本政府から調査を受託した日本戦没者遺骨収集推進協会が主導して行うもので、同様の事業が台湾で実施されるのは1975年以来、約半世紀ぶり。調査参加者らによると、恒春半島には台湾南方のバシー海峡で命を落とした日本兵が流れ着き、その後現地住民に埋葬されたという。
調査には屏東県在住で戦没者の遺骨に関する調査を行う日本人の舘量子さんや現地住民、関係機関も協力し、現場では国立清華大学(北部・新竹市)人類学研究所所長の邱鴻霖副教授(准教授)が顧問を務めている。台湾電力第3原子力発電所放水口付近で、12日間にわたり行われる。
同協会の派遣団長を務める井上達昭さんは取材に対し、遺骨が見つかった場合は現地で一時的に保管し、次回調査で日本人の遺骨であることを慎重に確認してから日本に持ち帰ってDNA鑑定を行うと説明。調査に当たり、台湾の人々の思いやりや多大な支援をもらったことに対しても感謝した。
台湾で暮らして10年以上になるという舘さんは、台湾籍日本兵について調査を進めていたところ、元兵士たちが戦没した戦友を気に掛けていることを知り、7年前から遺骨調査を始めた。新型コロナウイルス下に恒春半島へ移り住み、さらに調査を続けていたところ、3年前に同協会から連絡を受け、今回の調査につながったと明かした。
舘さんによると、44年に陸軍の揚陸艦「玉津丸」がバシー海峡で米海軍に撃沈された際には、乗っていた兵士4800人以上のうち生存者はわずか65人で、多くの遺体が恒春半島へ漂着した。高齢者の証言によれば、今回調査を行っている放水口付近の岩礁に遺骨が残っている可能性があるという。
調査にボランティアとして参加する周辺住民の柯さんは、祖父が幼少時に海岸へ漂着した遺体の惨状を目撃しており、当時、住民は生存者を救助するとともに、犠牲者の遺体を火葬して埋葬したと語った。これは台湾と日本が共有する歴史の一つだとした上で、「戦争は誰も望むものではない」と言及。過去に向き合う際には憎しみを手放し、人間の中にある「善」の一面を記憶にとどめるべきだと述べた。
