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日本時代に建設 糖業鉄道の鉄橋が人道橋に 来月11日に供用/台湾

2026/10/11 12:11
修復工事が完了し、11月11日に開通式が行われる復興鉄橋=中央社記者蔡智明撮影
修復工事が完了し、11月11日に開通式が行われる復興鉄橋=中央社記者蔡智明撮影

(嘉義中央社)日本統治時代の1909(明治42)年に、糖業鉄道の一部として、南部・嘉義県と中部・雲林県の境を流れる北港渓に建設された「復興鉄橋」の一部が人道橋として改修され、来月11日に供用を開始する予定になった。観光発展の促進に期待が寄せられている。

嘉義県文化観光局によると、糖業鉄道は雲林県の北港製糖工場と嘉義市の嘉義駅を結んだ。砂糖の原料となるサトウキビを運搬するだけでなく、17(大正6)年からは旅客輸送も担い、航海の女神、媽祖を祭る北港朝天宮(雲林県)への参拝シーズンとなる毎年旧暦の1~3月には多くの参拝客を運んだが、82年に運行を停止した。

完成当初の橋の全長は878.63メートル。2001年には「北港渓鉄橋(復興鉄橋)」として雲林、嘉義両県の歴史建築に登録された。文化部(文化省)のデータベース、国家文化資産網によれば、同橋は現存する糖業鉄道の橋としては最長だという。

02年には北港側の橋脚数本が洪水で流出する被害に遭ったものの、22年に中央政府が1億8000万台湾元(約8億9300万円)を投じる再建・修復工事計画を承認。嘉義県新港側約700メートルを人や自転車が通行できる人道橋にする工事が行われていた。

新港郷の板頭村は、廟の屋根などに設置される伝統的な陶器の装飾品の生産地として知られる。

新港郷の葉孟竜郷長は、橋の供用後は新港側から朝天宮へ参拝に行けるようになる他、参拝後に新港に来ることもできるとし、新港への観光客を増やせると語る。板頭村は数年前、人気の観光スポットだったものの、近年は観光客が激減。橋の供用を契機に公的機関が資源を投入し、快適な観光環境を構築するとし、長く親しまれる場所にしたいと述べた。

黄啓豪県議会議員(民進党)は、板頭村にはレジャー農場や伝統的装飾品の関連施設、陶磁器片を使った壁画などがある他、橋で試験的にライトアップが行われた際の美しさにも触れ、地域の観光産業に大きなプラスになると語った。

(蔡智明/編集:齊藤啓介)

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