(台北中央社)政府系研究機関、中央研究院台湾史研究所(台北市)で卓越研究員として活躍していた許雪姫(きょせつき)さんが9月、退職した。40年以上にわたって台湾史を研究し、「『教えることは教わること』を実践できたのは、歴史研究に従事して得られた最大の収穫だった」と心境を語った。
▽資料のデジタル化に尽力
許さんは台湾で最も初期に台湾史研究を始めた研究者の一人とされる。若い研究者を率いて、日記や旅券などの資料を読み解き、積極的にデジタルデータベースの構築に取り組んだ。同研究所の「台湾日記知識ベース」は、許さんの主導で立ち上げられたものの一つだ。
知識ベースでは、多くの日記に触れることができ、閲覧したい日の日付を選べば、その日記の書き手の気持ちやその日の出来事が即座に表示される。
現在は6万件以上の日記を収録。全ての日記は同研究所で1999年に立ち上げられた解読クラスが読み解き、校正し、注釈を加えている。許さんはこのクラスでも中心的役割を果たしてきた。
知識ベースに収録された日記は21種類に分類されており、45年8月15日の終戦の日に先人たちは何を思っていたのかを知りたければ、その日付を入力するだけで原文の他、注釈も見られる。操作は簡単だ。
また最近では旅券を資料として活用することを積極的に広めている。記載内容から、日本統治時代の日本人や朝鮮人、華僑などの出国記録などが分かる。許さんは、当時すでに女性による観光ツアーが行われていたことや進学や就職などによる人口の流動が資料を通じて見られると説明する。
これらの資料は現在データベースの「台湾総督府旅券システム」にまとめられているが、これも最初は許さんが日本に赴き、当時の旅券の記載内容を一つ一つ書き写した努力のたまものだ。
歴史研究者として本を出版するたびに、他の人が使っていない資料を使っていることを願い、新しい資料を紹介したいと思っていると許さん。「資料を他人に見せないということは絶対にしない」。資料を分かち合い、オープンにして学術交流につなげたいと話した。
またかつて教壇に立っていた時期については、学生とのやりとりや指導を通じて自らが得た最新の研究内容を分かち合ったと話し、自身も学生からの反応を吸収したと振り返る。「お互いに新しいことを知って成長することはとても素晴らしい」。
▽重視するのは口述歴史
許さんが台湾史研究を始めたきっかけは「私たちはこんなに長く生きていながら、台湾のために何もしてこなかった。それならやろう」と思い立ったからだ。
学生時代に台湾史に触れる機会は極めて少なかったが、大学院の修士課程に進学すると、指導教授から「あなたは台湾人なのだから、台湾史を研究すべきだ」といわれ、本格的に台湾史研究に取り組むことになった。
許さんの研究を整理するとその分野は多岐にわたり、ふるさとの澎湖の歴史の他、清朝時代の台湾の制度、台湾の家族史、台湾人の海外活動、2・28事件、白色テロなども対象に含まれる。そしてフィールドワークや口述歴史で得られた貴重な一次資料を大量に使う。時間のかかる作業だが、許さんは重要なことだと考えている。
だが、口述歴史は時間を必要とするだけでなく、運も求められる。もし話し手が誇張して語るタイプだった場合、聞き手の読解能力が試され、慎重を要するからだ。許さん自身も口述歴史のために苦しい思いをしたことがあると、本音を打ち明けた。
▽台湾研究はこれからも
9月に中央研究院で行われたシンポジウムでは、会場の外に許さんの著書が並べられた。2台のテーブルでは置き切れず、急きょ1台追加するほど、その数は膨大だった。
これまでの著書と歴任した役職を見て自分でも驚いた。「どうして同じ期間でこれだけ多くのことができたのだろう」。今後については「健康長寿でいたい。そうすれば、それだけ多くの研究ができるから」と笑う。台湾のために歴史研究を続ける考えだ。