今年春の外国人叙勲で旭日小綬章を受けた、台湾の書道家、張炳煌さん。過去には日本の高市早苗首相や石破茂前首相らからも依頼を受け、座右の銘や政治信条を揮毫(きごう)した経験を持つ。このほど中央社のインタビューに応じ、書道を通じた「台日友好」の道のりについて語った。
1949年、北部・基隆市で生まれた張さん。日本との縁は、約60年前にさかのぼる。高校時代、作品が交流展で日本で展示された際、思いがけず入賞し、初めて日本を訪れて賞を受け取った。この旅がまるで一粒の種のように、60年にわたる台日書道交流の扉を開いた。
大学を卒業して兵役を終えた後、貿易の仕事に就いた。訪日する際はいつも気に入った自作を持参し、日本の友人に贈っていた。作品を見たある貿易相手からは、個展を開ける腕前だと評価された。
その後、28~29歳の頃に友人の協力を得て、大阪や東京、横浜などの百貨店内のギャラリーで相次いで個展を開催した。作品はほぼ全て買い手が付き、後になって計算してみると、書道での収入の方が、貿易で稼いだお金よりも多かったと笑った。
張さんによると、日本では多くの政治家が自身の座右の銘を持っており、毎日見られるよう書家に揮毫を依頼する人も少なくない。
石破氏はまだ首相になる前、自身の政治信条だという「雪中松柏」を書くよう張さんに頼み、作品を議員事務所に飾った。首相就任後にはさらに大きな作品を依頼し、官邸に掲げた。
また、高市氏は首相就任前に台湾を訪問した際、儒学の三徳と言われる「智仁勇」を依頼。張さんは「智略定国、仁政安民、勇立天地」と揮毫して贈った。さらに首相になった後には、高市氏の座右の銘「崇高雄渾」も書いた。
日本台湾友好議員連盟会長の古屋圭司衆院議員は「一望千里」の揮毫を求め、出来上がった作品は議員事務所の自席の正面に掛けた。張さんが古屋氏の事務所を訪れた際、顔を上げれば作品が目に入るのだと古屋氏から説明を受けたという。
張さんは、日本の政治家が政治理念を書にしようとした時に「日本の書家だけを思い浮かべず、台湾の書家に頼もうと思ってくれること自体が、とても良いことだと思う」とし、このことが一種の文化外交だと考えていると話した。
現在の台日関係に贈る4文字を選ぶとしたら─。そう問われた張さんは、タブレット端末にタッチペンで「恵風和暢」と書き上げた。
中国・東晋時代(317~420年)の書家で「書聖」と称された王羲之の代表作「蘭亭序」からの抜粋で、穏やかな風が吹き、万物が伸びやかに広がる光景を描いた言葉だという。台湾と日本が調和の取れた、円滑な雰囲気の中で交流し、友情が絶えず前進していくことを意味し、現在の台日関係を的確に表しているといえる。
張さんはこの他、1980年代から中華テレビ(華視)で放送された漢字教育番組「毎日一字」に出演。テレビの中で筆を握り、ゆっくりと字を書く張さんの手は、多くの台湾人にとって共通の記憶となっている。
さらに約26年前、パソコンの普及で手書きをする人が減ったことに危機感を覚え、当時教鞭を振るっていた淡江大学と共にデジタル書道ツール「e筆」を開発。毛筆ならではの表現が可能になったり、AI(人工知能)を組み込んだりと進化を重ねている。
張さんにとって旭日小綬章を受けた最も重要な意味は、プロフィールに書き加えることではなく、より多くの人に書道の価値を知ってもらうことにある。「書道はただの技芸ではない」とした上で、「日本のこれほど崇高な勲章を受けられたということは、この文化が重視されており、国際的にも重視されていることを意味する」と話した。
台湾社会では、日本ほど書家が尊重されず、書家自身が自身の専門性を軽視してしまうことさえあるという。しかし今回の受勲は、多くの文化分野の一つに過ぎない書道も最高レベルの評価を得られることを証明したとして「文字を書く人は自分を卑下する必要はない」と訴えた。



