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文化+/ライブ配信をする移民労働者たち 彼らの日常から自分を見つめる<文化+>

2023/03/28 19:01
台北駅ロビーで団らんする移民労働者たち(中央社資料写真)
台北駅ロビーで団らんする移民労働者たち(中央社資料写真)

政府の統計によれば、台湾人と結婚した外国人配偶者の人数は昨年末現在で20万人余りに上る。産業や社会福祉分野の仕事に従事する移民労働者は72万人を超えた。都市から集落、工場から漁村、路地から公園まで、至る所で彼らの姿を見かけるが、私たちが彼らを知る方法は主観的な視点で写し出されたものやテキスト描写に限られているようにみえる。

台北駅のロビーから観光地、近所の公園、ごみ収集車の近くなどでは、東南アジア系の労働者がスマートフォンを片手にライブ配信に熱中している光景をよく見かける。

「なぜ彼らはみんなライブ配信をしているの?」

これは多くの台湾人が一度は考えたことのある疑問だろう。

2020年、台湾で新型コロナウイルスの感染者が増え始め、人々が戦々恐々としていた当時、コロナに感染したインドネシア人介護労働者が隔離病棟でライブ配信を行い、病院の情報がさらされて物議を醸したことがあった。この出来事によって、台湾人の外国人労働者に対する疑問が再び表に浮かび上がった。

「ライブ配信をする時、彼らは発言をすることができ、自分を表現できます。その時やっと労働力ではなく、一人の人間になれるのです」。丸眼鏡が印象的な作家の江婉琦さんは、小さいながらもはっきりとした落ち着いた声で語る。

江婉琦さん(裴禛撮影)
江婉琦さん(裴禛撮影)

3年前、江さんが書いた記事「外労怎麼都在直播?— 在直播的世界裡,還有声音」(外国人労働者はなぜ皆ライブ配信をしているのか?―ライブ配信の世界には、まだ声がある)は大手ニュースサイトで2020年の閲覧数トップに輝いた。江さんはその後、2年をかけて実地調査を実施。30人近い外国人労働者から聞き取った物語をまとめ、書籍「移工怎麼都在直播?」として出版した。

江さんはなぜ外国人労働者の生活圏に接触し始めたのか。「同じような寂しさを抱えていたからかもしれません」。江さんはこう明かす。

▽ 人と人はなぜ友達になるのか 孤独な魂は巡り合う

人と人はなぜ友達になるのか。インドネシア人は宿命論を深く信じる。ベテランのインドネシア人介護者、英塔利さんは江さんにこう言ったという。「私が誰かと同じ運命にあって、互いに孤独を感じていたら、私たちは友達になるのです」

江さんは高校卒業後に故郷の台南から進学のために台北に出てきた。知らない大都市での生活や同級生同士の競争によって江さんは居場所を見つけられず、学校でも縮こまっていた。それでもなんとかやっていかないといけないため、江さんは空虚な日常を埋めようと、フェイスブックでさまざまなイベントを探すようになった。そこで見つけたのが、東南アジアの書籍などを取り扱うレンタル専門の書店「燦爛時光」だった。この店の長期ボランティアとなり、台北駅ロビーで開かれる「地べた図書館」に仲間と共に何度も参加し、ロビーに集う移民や外国人労働者にさまざまな言語で書かれた書籍を貸し出した。

地べたに輪になって座るのは、インドネシア人が友達とおしゃべりをしたり、イベントを行ったり、会議をしたりする時の習慣だ。台北駅のロビーは外国人労働者のグループにとってはリラックスができて情報交換ができる場所であり、新たな友達をつくって絆を結びつける場所、そして故郷の料理や悩みを分かち合える空間でもある。

江さんは口数は少ないが、仲間たちと輪になって一緒に座り続けた。みんなも次第に、隅っこに座る女の子の名前を覚え、江さんも寄り添ってもらっている感覚や温もりを感じるようになった。

「Bigo Live」の画面(裴禛撮影)
「Bigo Live」の画面(裴禛撮影)

だが江さんが真に「ライブ配信」に興味を抱くようになったきっかけは、友人から「Bigo Live」というライブ配信アプリの存在を教えてもらったことだった。「Bigo Live」は東南アジアでは台湾の「17LIVE」に匹敵する人気を誇る。台湾にも拠点があるが、利用者の7割以上がインドネシアやベトナム出身の移民労働者だ。無数のライブ配信画面の中で、江さんは工場で夜勤する労働者や高齢者を介護する人、漁船で昼寝をする人の姿を目にした。最も印象に残っているのは、深夜0時に構図などお構いなしに熟睡する人の様子だ。

「なぜ寝ている時もライブ配信をするのか」。この疑問が心の底に眠り続けていた江さんは、ちょうどその時、大学で取材・執筆の授業に出会い、その答えを探ることに決めた。

▽ライブ配信は誰に見せるのか 家族や友達、自分にも

移民労働者はいったい誰にライブ配信を見せているのだろうか。

見せる相手の一部は、インドネシアにいる家族だ。

台湾在住10年を超えるインドネシア人介護従事者の妮妮さんはいつも、メークをして自分を美しく飾ってからライブ配信をしている。彼女には自分なりのルールがある。それは「つらい時はライブ配信をしない」ということだ。家族を安心させたいという気持ちから、「台湾で楽しく過ごしていますよ」ということをモニターを通じて伝えているのだという。

見せる相手のもう一部は、台湾にいる人々―雇用主や外国人労働者の友達、そして見知らぬ人―だ。高齢者夫妻を介護する莎莉さんも、自身がライブ配信をする理由を江さんに説明してくれたという。介護をきちんとやっているということを雇用主に知らせたり、同郷の仲間に介護の仕方を教えたりすることの他、家族や友人に対しては「私は忙しいから、ライブ配信を見て」ということを伝えているという。

Bigo Liveに入り浸る日々の中で、江さんはオンラインゲーム中の「ギルド」のようなグループが利用者の間で生まれていることに気付いた。移民労働者たちは配信サービス上で「家族」をつくり、互いをお母さん、お父さん、お兄ちゃん、妹などと呼び合っていた。メンバーは同じアイコンフレームやニックネームを用い、さらには家紋までデザインし、グループでのリモートチャットをしょっちゅう楽しんでいるのだった。

異国にいる身として、家族を心配させたくないとの気持ちから、家族には言いにくいことがたくさんある。時には、別の場所にいるために互いの喜びや悲しみを理解できないこともある。反対に、台湾にいる「家族」は共感し合える。「仕事を終えた後の自由時間、彼らは自室やベッドに身を置くと、『家族』と話がしたくなり、寝ている時でさえカメラをオフにしたくなくなるのです」

江さんは書籍の中で、「ライブ配信」に対する自身の見方を紹介している。

台北駅でライブ配信をする女性(木馬文化提供)
台北駅でライブ配信をする女性(木馬文化提供)

「毎週日曜の台北駅ロビーは、ライブ配信をする移民労働者が最も密集している場所かもしれません。ほぼ5人に2人はやっていると言えるくらいです。配信の内容は食事をしている一瞬や、ゆっくり歩き回っている時なんかもあります」

一方、ここで配信している人は、休暇を取れるごく一部の人だけで、大部分の配信は雇われている家のキッチンや近所の公園、寝る前のベッドなど日常の一こまを使って行われていると江さんは指摘する。介護や家事手伝いとして雇われている外国人労働者には労働基準法が適用されず、2022年の労働部の統計によると、介護労働者の5割が休日も休んだことがないという。

スマホでのライブ配信は移民労働者にとっては息抜きの空間になる。自分が自由に操れる言語でおしゃべりをすることができる。視聴者がゼロでも彼らにとっては関係ない。「その瞬間、彼らはやっと『労働力』ではなく『一人の人間』になれるのです。なぜならそこには声があるからです」。ライブ配信を通じて「誰か私のことを気にして、私を見て、理解して」という無言の叫び声を上げているのだ。

「でも私の友人たちは、インドネシアに戻るとほとんどライブ配信をしなくなります」と江さんは補足する。フェイスブックのアカウントを閉じる人もいて、台湾にいる友達とはほとんど連絡を取らなくなるのだという。

▽ 在台インドネシアコミュニティーで、彼らのニーズを見つける

移民労働者に関する記事を書く際、江さんは「自分がやっていることは彼らを消費していることになるのではないか」と悩んだこともあると明かす。

民族学科に転科した後で、江さんは人類学が台湾の歴史的背景においては先住民を理解、管理するために存在し、自分たちとは異なる人々を統治するようなものであったことを知った。そのため、移民労働者にインタビューすることは自分の利益になるのではないかと思い、心の中のしこりはだんだん大きくなっていった。

そんな時、民族学科の教授から「人類学はいつの時代も、その時代のニーズに応えていた。日本時代は統治の必要性から、見知らぬ島にどんな人がいるのか知る必要があった。でも今の時代にはまた違うニーズがある」と伝えられたことで江さんは「インタビューをしに行ってみよう。それでこそ、この時代のニーズが何なのか分かるんだ」と考え直すようになった。

この扉を開いてみて初めて、移民労働者の台湾での生活圏がいかに多彩であるかに気付いた。

インドネシア出身者で結成された舞踊グループ(木馬文化提供)
インドネシア出身者で結成された舞踊グループ(木馬文化提供)

伝統舞踊のグループのメンバーは月に1度、各地から台北に集まり、練習前には手作りの故郷の料理をみんなで分け合う。電動車の改造に熱中している工場労働者は、自分たちのチームでロゴをデザインしたり、精巧な塗装を施したりして、台湾のライダーに「乗ってみてもいい?」と声を掛けられることもある。ごみ収集車を待つ15分間でも、介護をする高齢者を公園に連れていく時でも、限られた時間と空間の中で彼らは「ごみ出し友達」「公園友達」をつくり、互いに支え合っているのだった。

江さんは、桃園の工場で働く移民労働者の友人に「なんでそんなに趣味がたくさんあるの」と聞いたことがある。友人からは「ここの生活が退屈だからだよ」とあっさり答えが返ってきた。江さんは「確かに。本当に退屈だよね」と共感したという。

▽ 光と影の両極端から日常に回帰 普通に生活する私たち

マスメディアが注目する移民労働者の物語は、人々を勇気付ける素晴らしい話か、かわいそうな不遇の話か、両極端だ。だが、江さんが書き記す彼らはごく平凡だ。江さんは、自身が移民労働者の日常に興味があるのは「私の生活も同じだからかもしれません。私も普通の人なのです」と分析する。「いわゆる『課題』というのは実は人々の悩みです。私が関心を抱いているのも普通の物事なのです」

インドネシア人の介護従事者、達莉さんは、台湾で3人の高齢女性の介護を担当した。達莉さんは台湾の歴史番組「戯説台湾」とローカルドラマで台湾語を学び、中国語よりもむしろ、台湾語を流暢に話す。最後に世話をした女性と特に仲が良く、一緒にコミュニティーセンターにフォークダンスを踊りに行くほどだった。女性が末期がんになって踊れなくなっても、達莉さんは女性をセンターに連れていき、女性が楽しめるようにした。達莉さんは最後の一時まで女性に寄り添い、インドネシアに戻ってからも、女性が好きだった「パイナップルとゴーヤのチキンスープ」を食べているのだという。

台湾ドラマ「流星花園」を見て育ったインドネシア人の伊達さんは、台湾に来て最初の仕事で、離島の馬祖の民宿に派遣された。毎朝4時に起きて宿泊客の朝食を作り、洗濯や掃除、シーツ干しを一人でこなした。仕事が終わるのは夜9時だ。ここには「道明寺(※1)」はいない。ただ、行進中の軍人が民宿の前を通りかかる時に、掛け声を「イチ、ニ」から「伊達早、伊達早」(伊達、おはよう)に変えてくれるだけだ。(※1:「流星花園」の登場人物)

そんな日々を過ごしながら、伊達さんが、冬には服を6枚着ないと耐えられないほど寒い馬祖に少し慣れてきた時、近くで働くインドネシア人の知人から「ジェリー・イェン(言承旭※2)が馬祖に映画撮影に来るんだって」と教えられた。ある日の仕事終わり、伊達さんが海辺を散歩していると、ランニングをしているジェリーの姿を遠目に見かけた。伊達さんは近くには行かず、遠くから眺めるだけで十分だった。伊達さんはそれから、台湾の友達と知り合う度にこの馬祖での美しいエピソードを語るのだという。(※2:「流星花園」で道明寺を演じた台湾の俳優)

「私の日常もこんなにごく普通のものです。心がほっこりする出来事があれば笑い、翌日には忘れて、また違うことに頭を悩ませるのです」。江さんは優しく笑う。

▽ なぜレッテルを貼るのか それは観察が不十分だから

子供の時、江さんは移民労働者は「危険」だと思っていた。後に「かわいそう」だと思うようになった。だが台北に移り住み、友人たちに誘われて台湾各地の移民労働者の家庭に足を踏み入れるようになってはじめて、「かわいそう」というのは一種のレッテルに過ぎないのだと気付いた。「人として、もともとたくさんの姿があるのだ」と。

ある日、江さんはふとある考えが浮かび、廟に行って神様にこう尋ねた。「人はなぜ、誰かにレッテルを貼るのでしょうか」。神様はタンキー(神の意思を伝える役割を担う人)を通じてこう答えたという。「それは観察が不十分だからです。どの階級にいたとしても、その角度までしか観察できないのですから。あなたは生活に欠陥がある人々までしか観察できていないのです。そしてそれも全体の中の一部に過ぎません」

この数年、移民労働者の日常に入り込み、彼らの普通でシンプルな生活を観察する時、江さんは時折、自分の影を目にすることがある。前述の英塔利さんから「娘に電話をしてもいつも『忙しいから後でかけ直すね』と言われ、いつまでたってもかかってこない」と愚痴をこぼされた際、江さんは「あ、それ、私だ」と心の底で思ったのだという。個人や生活という面に立ち返って見ると、私たちと移民労働者に違いはないのだ。

江さんには忘れられない話がある。それは移民労働者や労働の問題に長年関心を持ち続けている作家の顧玉玲さんが語った「思いやりの心とは実は見せかけのもので、彼女自身が本当に信じているのは好奇心」という内容の話だ。「みんな自分には思いやりがあると言えるけれど、人々の生活は平行線をたどっています。でも好奇心があれば、その2本の線に交わる可能性が生まれるのです」

確かに、深く観察するきっかけになるのは「好奇心」だ。

江さんは移民労働者がパフォーマンスやスピーチを行う場で、偏見を持っているであろう年配者に出会うことがよくある。「なんであの外労(※)たちは働かないでここで踊っているんだ」と聞かれ、江さんが会話を続けていくと、彼らは移民労働者に心から興味を持っていることに気付いた。「あの衣装はどこから持ってきたんだ。何という踊りなのか」と深く聞かれるのだという。(※「外国人労働者」の略称。差別的な呼び方と捉えられる場合がある)

江さん(裴禛撮影)
江さん(裴禛撮影)

書籍出版後、旧正月に実家に帰ると、新住民をテーマにしたドラマを父親が見始めていることを知った。愛情表現があまり得意ではない父親は恥ずかしそうに「本当に面白いね。ベトナム人外配(※)の物語なんだけど、いつ再放送するんだろう」と台湾語で話しかけてきた。(※「外国人配偶者」の略称。差別的な呼び方と捉えられる場合がある)

江さんは以前は「移民労働者」や「新住民」という呼び方の方が、「外労」や「外配」よりも礼儀正しいと思っていた。だが最近は考え方が変わった。「言葉はコミュニケーションのためのもので、名詞はいつも中性的です。大切なのは話す時に心の中で何を思っているのかなのです。もしそこに善意があるなら、それでいいのです」。江さんは、一人一人の好奇心によって、平行な世界の人々が優しく近づくことを願っている。

(葉冠吟/編集:名切千絵)

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