戒厳令下の「白色テロ」が行われた民国40年代(1951~60年)の台湾を舞台にした映画「大濛」(A Foggy Tale)が大きな反響を呼んでいる。激動の時代を生きた人々の優しさや勇気を、誠実にすくい取った作品だ。
白色テロとは、国民党政権が行った政治的迫害。反体制派と見なされた人が無差別に逮捕され、多くの人が投獄、処刑された。
物語の主人公は、白色テロで処刑された兄の遺体を引き取るため、南部・嘉義からたった一人で台北にやって来た少女・阿月。見知らぬ土地で、都会の荒波にもまれながらも、広東出身の元軍人と出会い、助けられながら懸命に前へと進んでいく姿が描かれる。重い歴史を背景にしつつも、人と人とのつながりが物語に温もりを与えている。
監督は「1秒先の彼女」(消失的情人節)のチェン・ユーシュン(陳玉勳)。「1秒先~」以来、5年ぶりの新作となった。チェン監督は「これは生きている間に撮りたかった作品。暗闇の中の温かい物語だ」と語っている。白色テロに関する文章を読んで心を揺さぶられたのをきっかけに、犠牲者家族の物語を撮ろうとの考えが浮かんだという。
主人公の阿月を演じたのは「アメリカン・ガール」(美国女孩)のケイトリン・ファン(方郁婷)。純朴さの中にも揺るがない信念を持つ阿月を好演した。
阿月を手助けする人力車夫の元軍人・趙公道は香港のウィル・オー(柯煒林)が、台北の歌劇団で働く阿月の姉・阿霞はシンガーソングライターのジョウエムバーバー(9m88)がそれぞれ演じた。
近年、「つかみ損ねた恋に」(我没有談的那場恋愛)や「女孩」など数々の映画やドラマに出演し、俳優としての才能を開花させている9m88。今作では歌劇団のパフォーマーとして持ち前の伸びやかな歌声を披露し、大きな存在感を放った。
美術にも注目したい。南部・台南市の野外型撮影施設「岸内影視基地」に1950年代の台湾農村建築や街道、市場などのセットを建設し、当時栄えた台北・栄町の風景を再現した。製作費には9000万台湾元(約4億4500万円)が投じられた。
11月下旬に行われた「第62回ゴールデン・ホース・アワード」(金馬奨)授賞式では、劇映画作品賞を含む4部門を受賞した。エグゼクティブプロデューサーを務めたイエ・ルーフェン(葉如芬)は受賞スピーチで、「資金集めは容易ではなかった。出資者からは『狂っている』と言われた。なぜ1950年代の物語を撮ろうとするのか」と準備段階での苦労を明かした。だがふたを開けてみると、公開(11月27日)翌週の12月3日時点での興行収入は1400万台湾元(約7000万円)を超え、好調な滑り出しを見せている。8日現在では2800万元(約1億4000万円)を突破し、3000万元に迫る勢いだ。
「白色テロを題材にした作品」というと、重い物語をイメージする人も多いかもしれない。だが、同作は「人間模様」に焦点を当てることで、悲痛な歴史の中での人間の優しさや勇気を浮き彫りにした。過去の出来事として切り離すのではなく、“自分ごと”として捉えさせることで、見る人に歴史について改めて考えるきっかけを与える。人物の感情が静かに胸に染み入り、確かな余韻を残す一本だ。
(名切千絵)

