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台湾映画 / 台日のはざまで生まれた「湯徳章」ひもとく台湾映画が日本公開 2・28事件で犠牲

台南市の湯徳章記念公園=劇中写真、太秦提供
台南市の湯徳章記念公園=劇中写真、太秦提供

南部・台南市には「湯徳章記念公園」と「湯徳章大道」がある。いずれも日本統治時代の1907(明治40)年に、台湾人の母と日本人の父の間に生まれた湯徳章(とうとくしょう、台湾語読み=トゥン・テッチョン)を記念して改名された公園や道路だが、台南市民でも湯について詳しく知る人は少ないという。そんな湯の生涯をひもとく台湾映画「湯徳章―私は誰なのか―」(原題=尋找湯徳章)が2月28日から日本で公開された。

湯徳章=劇中写真、太秦提供
湯徳章=劇中写真、太秦提供

湯は生まれ故郷の台南で警察官を務めた後、日本の大学で法律を学び、台南に戻って弁護士となった。市民からの人望も厚く、戦後の1946年には台湾省参議会の選挙で次点となった。

47年、当時の国民党政権が市民を弾圧した「2・28事件」が起きると地域の治安維持に努め、決起を図っていた人々を思いとどまるよう説得。だがその後、軍に連行されて尋問を受けた後、軍事法廷で死刑を宣告され、市内の広場(現在の湯徳章記念公園)で公開処刑された。拷問を受けても決起を図った人々の名前を明かさなかったため、彼らの命を救ったともされている。

映画はジャーナリストの楊淑芬さんを中心に、湯の人柄や生涯を探る。ドキュメンタリー映画「湾生回家」(2015年に台湾で、16年に日本で公開)を手がけた黄銘正(ホァン・ミンチェン)監督が、同作の製作に携わった連楨恵(リェン・チェンフイ)監督と共同でメガホンを取った。

日本での舞台あいさつに臨む黄銘正監督(左)と連楨恵監督(右)=太秦提供
日本での舞台あいさつに臨む黄銘正監督(左)と連楨恵監督(右)=太秦提供

配給会社の報道資料を通じてコメントを発表した黄監督は、自身が少年のころは「日本時代」の歴史について語りづらい空気があり、社会には言葉にできない違和感が存在していたと振り返る。この違和感は台湾人に長く影を落としてきた「アイデンティティーの混乱」だとし、こうしたテーマを取り入れた「湾生回家」の後に、湯に「出会った」と語った。

湯について、国家的帰属意識が揺れ動き、波乱の人生を歩んだ人物だとする黄監督。作品は2・28事件を扱っていることから多くの台湾人にとっては敷居が高いものの、生活感があり、人の心を動かす内容だと紹介した。台湾と日本の間にある不思議な絆や親しさを理解する手がかりが湯の人生にあるとし、日本の人々に鑑賞を呼びかけた。

連監督は、湯が抱えていたアイデンティティーへの不安は、現在の台湾社会が抱く集団的な迷いと重なっているように思うと言及。制作の過程で「台湾人は自分の土地の歴史を理解してこそ、自分の立ち位置やアイデンティティーをよりはっきりとつかむことができる」と確信したといい、作品を通じて台湾についてより深く知ってもらいたいと話した。

(田中宏樹)

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