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文化+/<文化+>中秋節といえば「バーベキュー」になった理由 CMが社会を変える

2020/06/30 06:28
中央社の取材に応じる張哲生さん(謝佳璋撮影)
中央社の取材に応じる張哲生さん(謝佳璋撮影)

<本記事は中央社の隔週連載「文化+」に掲載された「從烤肉醬到500萬大雨傘 經典廣告片和台灣社會的共伴效應」を編集翻訳したものです>

 「中秋節になぜ焼き肉をするのか知っていますか」(注1)

注1:台湾では旧暦8月15日の中秋節(中秋の名月)にバーベキューをする風習がある。

 「レトロの達人」と呼ばれる張哲生さんから突然飛び出した質問に、カメラマンと私は思わず顔を見合わせた。

 「70、80年代は中秋節にバーベキューをするという風習なんてなかったのです。その後、なぜかそれが当たり前なものとなり、時間が経ってみるとなぜそうなったのか誰も知りません」。張さんがハハハと笑う一方で、私たちは固まったまま、脳みそをフル回転させていた。きょうの取材の話題となんの関係があるのだろうかと。

 張さんは1972年生まれ。1996年に自身の1つ目のウェブサイトを開設し、24年にわたって台湾に関する多くの記憶を収集、整理してきた。ウェブサイトのほか、近年はユーチューブで台湾の懐かしい名作CMをまとめた映像を公開している。すでに20本余りを制作し、再生回数は毎回数十万回に上る。

 「広告は人々にとって想像しているよりもはるかに重要なのです」。インタビュー開始から15分後に飛び出たこの言葉にはっとし、思わずペンを走らせた。

 ▽広告が巻き起こした風潮 広告が変えた社会

 しかし、中秋節のバーベキューはいったいなぜ国民運動になったのだろうか。張さんは笑ってみせてから、記憶の中に沈んでいく。「あの頃は、中秋節といえば国父紀念館に行ってブンタンや月餅を食べ、お月見をして―というもので、そして翌朝は一面ごみだらけというのが恒例でした」。当時はまだ、自身が「社会の一員である」という概念が生活の中に普及していない時代だったと張さんは補足する。そのため、政府は「嫦娥(じょうが)に笑われないようにしよう」とキャッチコピーを付けた清掃キャンペーンを実施し、ごみを散らかさないようマナー啓発を図ったのだった。「だからバーベキューは80年代以前の台湾の中秋節には全く無かった風習なのです」。

 張さんは、この風習の始まりをたどってみると、「バーベキューの火」をつけたのは実は1枚の広告だったと指摘する。1960年7月11日、大手紙「聯合報」の一面に目を引く広告が掲載された。「それは『味全醤油』の広告でした。台湾人が麻雀をする時に使う『三家贏一家』(3人が結託して勝つことを表す言葉)という俗語をもじって『一家烤肉三家香』(1軒がバーベキューをすると3軒に香る)というキャッチコピーを付けたのです(注2)」。1986年になると、別の醤油メーカー「万家香」がこのキャッチコピーに手を加え、テレビCMで「一家烤肉万家香」の宣伝文句を打ち出した。CMは複数のパターンが制作され、最後は決まってこの文句で締めくくられた。節句に家族が集まる時にバーベキューをするという風習はここから生まれたのだった。

注2:「三家贏一家」の言葉からは、3人が手を組んで1人を負かす際に、ターゲットの1人が3人に有利な牌を出すようになるというイメージが連想される。

「聯合報」1960年7月11日付の一面。下部に「味全醬油」の広告が掲載された(張さん提供)
「聯合報」1960年7月11日付の一面。下部に「味全醬油」の広告が掲載された(張さん提供)
「聯合報」1960年7月11日付の一面に掲載された「味全醤油」の広告(張さん提供)
「聯合報」1960年7月11日付の一面に掲載された「味全醤油」の広告(張さん提供)

 「ですが、中秋節のバーベキューの風習が広まる真のきっかけになったのは『金蘭焼き肉ソース』です。1989年の中秋節を前にした時期に、ブームを巻き起こしたあのCMを打ち出したのです」。張さんはジェスチャーを交えながら生き生きと話す。

 そのCMは大掛かりなもので、制作陣は大勢の男女を台北市の陽明山擎天崗に連れてきて撮影を行った。鶏肉や魚、さまざまな野菜、スライス肉などが画面いっぱいに映し出され、付属の刷毛を装着した焼き肉ソースを片手に持った男女が具材にソースを豪快に塗ってかぶりつく―という内容のCMで、「楽しい、嬉しい、焼き肉には金蘭焼き肉ソース」というナレーションが添えられた。これにまさる人生の楽しさはないと訴えかけるCMだ。

 視聴者はもちろん、画面の中の焼き肉を食べることはできないが、人々はCMを見るうちにその光景が頭から離れなくなり、バーベキューに対しても病みつきになってしまった。

 「当時、実は広告会社は中秋節のことは全く頭になかったのです。焼き肉ソースをPRする単なるCMに過ぎませんでした。しかし、視聴者はその焼き肉ソースにそそられ、こぞってバーベキューをしたい気持ちになったのです」。だが、バーベキューをするには、みんなが集まれる日を選ばないといけない。CMが放送開始されたのはちょうど中秋節が迫った頃だった。中秋節は華人にとっては一家団らんの日なのである。「だからみんな、休みの日にバーベキューをしよう!と約束したのです。その年から中秋節の焼き肉が国民的なイベントとなりました」。

 これは台湾においてCMが人々の生活を変えた数少ない例だ。これは伝統にもなり、台湾は世界で唯一、「中秋節にバーベキューをする」という風習がある国になった。

 ▽時代の中のCM、CMが没落していく時代

 「今、多くの人は当時(80、90年代)どんなドラマが放送されていたのかよりも、どんなCMが流れていたのかということのほうがよく覚えているかもしれません。だから当時の映像制作者にとっては、CMのオファーを受けた時にこそ、自身が作品を作っている、クリエイターであると感じられたのです」。張さんは頭をかきながら、「現代ではもう見られない光景です」と吐露する。

 インターネットの時代の到来によって、テレビはもはや無敵の情報媒体ではなくなり、さまざまなインターネットサイトが広告を奪っていくようになった。「ユーチューブで動画が始まる前に流されるCMはうっとうしいと思いませんか?」。張さんはやや不満混じりに続ける。「今のインターネットCMは広告会社が資源を分散させ、コストも下げて作っているから、手法が荒く、質も粗末になっています。多くはスマホゲームや交友アプリ、それか役に立たない商品のCMで、過去のテレビCMの工夫や創意は現代の広告にはもう見られないのです」。「ネットCMが流れ始めると、考えるのは『閉じるための×マーク』はどこかということだけで、見続けようとは端から思いません」と愚痴をこぼした。

 インタビューを終えて部屋から出る前、張さんは自身がレトロを愛するのには理由があるともらした。「人は毎日、ちょっとした不愉快なことに遭遇します。でも過去の素晴らしい物事を見ると、これまでに一緒に全力で頑張った美しい時代や楽しい出来事、愛らしい人を思い出し、自分はただ孤独な個人なのではないと知るのです」。

(陳秉弘/編集:名切千絵)

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