台湾映画「関於我和鬼変成家人的那件事」(Marry My Dead Body)が興行収入3億台湾元(約13億円)を超える大ヒットを記録している。メガホンを取ったチェン・ウェイハオ(程偉豪)監督はさまざまなジャンル映画の技術を自在に操る。同作はアクションコメディーではあるものの、最後の30分は多くの人が目を赤くし、鼻をすする音が映画館の至る所から聞こえてくる。涙をそそるコメディー映画だ。
2015年に短編映画「保全員之死」(The Death of A Security Guard)で金馬奨短編作品賞を受賞したのを皮切りに、長編初監督作のホラー映画「紅い服の少女」(紅衣小女孩)では台湾各地に伝わる妖怪「魔神仔」(モーシナー)への想像を呼び起こし、シリーズ化されるほどのヒットを飛ばした。サスペンス「目撃者 闇の中の瞳」では観客の予想を次々と覆し、「The Soul:繋がれる魂」(缉魂)では「東洋風SF」のスタイルを築いた。チェンは作品ごとに新たな挑戦を続けている。
チェンの七変化は映画のジャンルにとどまらない。撮影技術においても絶えず革新を求め、特殊効果にも勇敢にチャレンジしている。「新しいもの好きで、飽きっぽい」と自己分析するチェン。同じことを繰り返すのが嫌いだからこそ、新たなスタイルの作品を生み出したくなるのだ。
※本記事には「関於我~」の一部シーンについてネタバレが含まれます。ご了承の上、お読みください。
▽ アナログなやり方でポスプロの手間を減らす
チェンは開けっ広げな映画監督だ。主演のグレッグ・ハン(許光漢)の下着姿の身代わりをやったと取材で認めたり、クランクアップ時に興奮して上半身裸になったところをグレッグから背負い投げされ、「見ないで」とカメラに叫んでいる光景をメイキング動画として公開することを許可したりと、飾らない姿を見せている。
「保全員之死」は皮肉に満ち、「紅い服の少女」「目撃者」「The Soul」ではサスペンスやミステリーを扱った。チェンは、ノワール作品が積み重なったことで、確かに疲弊期を迎え、創作活動のはけ口が必要になっていたと告白する。チェンと何度も仕事をしているエグゼクティブプロデューサーの金百倫は2018年に脚本コンテスト「野草プロジェクト」の審査員を担当し、同性愛や冥婚、愛と生死の要素を盛り込んだ頼致良の脚本「関於我和鬼変成家人的那件事」にほれ込んだ。そこで2人はこの脚本のコンテンツ開発を決めた。コメディーや舞台の経験が豊富な脚本家の呉瑾蓉もチームに加え、物語からせりふ、キャラクターまでを徐々に積み上げ、観客の喜怒哀楽を形成していった。
さまざまなジャンルを融合させた他、「関於我~」では技術面でも挑戦をした。同作はコメディーではあるが、撮影の難易度はかなり高かったとチェンは打ち明ける。特殊効果のカットだけでなく、普通のカットも分解して何回にも分けて撮影する必要があった。「仕事量は本当に倍でしたよ!」と話す。スタッフからは「コメディーじゃないの?なぜそんなに複雑なんだ」と悲鳴が上がっていたという。チェンはいたずらっぽく笑う。
映画の制作費は6000万台湾元(約2億6000万円)程度。もしリン・ボーホン(林柏宏)が演じた同性愛者の幽霊「毛毛」が登場する全てのカットを特殊効果で仕上げるとすれば費用がかかりすぎるため、編集というアナログなやり方で毛毛の神出鬼没さを浮き彫りにすることにした。例えば、ボーホンが浴室で初めてグレッグの前に姿を現すシーン。グレッグの背後に現れたかと思えば、次の瞬間は地面からグレッグをのぞき込み、その次はグレッグの肩に飛び乗っているという光景が繰り広げられる。このシーンではワイヤーを用い、ボーホンとグレッグが大げさな動きができるようにした。仕上げ作業では、ワイヤー部分を消して編集を行い、神出鬼没さを演出した。
ボーホンが登場するシーンは、グレッグ以外の登場人物がボーホンを「見えていない」ようにする必要があった。そこでチェンは、シーンをいくつもの層に分解する手法を取ることにした。車の中にグレッグと、グレッグの相棒の女性警察官を演じたワン・ジン(王淨)、ボーホンの3人がいる場面で、ボーホンがグレッグをこっそりつねるシーンは分解の手法で撮影された。グレッグは動きやボジショニングを覚えていくつものバージョンを演じ、後は編集作業で、他の人はボーホンが見えないという効果を作り上げた。編集とブロッキング(俳優の正確な動きや位置取り)によって、特殊効果を使わずともほぼ8~9割の物語を完成させることができたとチェンは明かす。
▽ 特殊効果でカーチェイスシーンを制作
アクションコメディーであるからには、アクションシーンは欠かせない。開始間もなくの4分間余りのカーチェイスシーンは、6人の特殊効果チームが10カ月をかけて仕上げた。車内と車外に分解し、車外の風景は全てCGで作り上げた。車内のシーンは先に制作した3Dの風景を布に投影し、役者はその布に囲まれた静止した車内で演技を行った。それらを組み合わせることで、カーチェイスシーンが生まれた。
もしカメラを窓の外に配置する形で車のシーンを撮影する場合、車を運転しながら演技をしないといけないことになれば、役者は高価な撮影機材を壊さないように注意を払わなければならない。チェンは、布に投影する方式であれば、役者はより演技に集中できると話す。終盤の高速道路で全ての車両が端に避けて救急車を通過させるシーンも同様の方式で撮影された。
▽ 商業性と芸術性を併存 蓄積してこそ前進できる
映画のスペクトルをひも解けば、商業映画と芸術映画は端と端に位置する。チェンの立ち位置は商業映画寄りだろう。チェンは、スペクトルの中心にいたいとずっと思ってきたと話す。「商業映画にも一定の芸術性を含ませたいと願っています。伝えたい社会問題を入れ込んだり、技術的なものに挑戦したりできるのではないかと思うのです」
「The Soul」では宗教や家族、生死の問題を扱い、視覚的には独特な「東洋SF風」の雰囲気を打ち出そうとした。木の家具などを使うことで、メタリックな印象のある一般的なSFとは異なる温度感を演出した。街の風景や取調室のセットなどは、既存の都市構造にもやや投影した視覚効果を加え、既存の未来感ともかけ離れすぎないようにしたとチェンは話す。
ゲイの幽霊と異性愛者の警察官の物語を描く「関於我~」では美術チームと話し合い、レインボーカラーを取り入れることにした。七色の光が融合して白い光となる白色の冥婚のシーンから始まり、最後には再び真っ白な病院のシーンで終わる。最初から最後までレインボーカラーを意識した。
グレッグ演じる異性愛者の警察官が登場するシーンや服装は青紫系の色を基調にし、ボーホン演じるゲイの幽霊は赤色を中心とした色使いを採用した。順番にレインボーカラーが現れ、2人の服装も七色のスペクトルの端と端から徐々に近付き、黄色やオレンジ色、緑色の色調も登場するようになる。
商業性と芸術性が併存し、技術が映画をアシストする。チェンは、技術をうまく使うためには場面と結び付けるだけでなく、テクストも必要だと話す。「(技術の)最適化とは新たな試みです。新しいとは、試したことがないということであり、スタッフと一緒に解決策をリアルタイムで考えないといけないということです。物足りないからもっと試したくなります。多くの技術はすぐさま100%完璧なレベルに達するということはなく、改善の余地がたくさんあるのです」
「でも、必ずやり続けていきます。やり続けて初めて物事が始まり、始まりがあってこそやり続けることができます。進歩し続けてこそ、ノウハウを蓄積できるのです」
チェンは、「関於我~」のカーチェイスシーンはまだまだ改善の余地があると率直に話す。だが、挑戦すれば努力する方向性がさらに明確になり、作品を追うごとに観客に異なる鑑賞経験を提供できるようになるのだと語る。
ある人はチェンをさまざまなジャンル映画を自在に操るアメーバだと形容し、またある人は大ヒット映画を出した後の「奇跡」だと言う。チェン自身は、絶えず挑戦する自分の性格を「歪んだ根性」だと分析する。新しいものを好んで古いものを嫌うからこそ自分を追い込み、たくさん挑戦するからこそ映画制作の長い道のりで努力の方向性や創作の初心を追い求め続けられるのだ。
「たぶんおうし座だから、このような歪んだ根性があるのでしょう。だからこそ『過度な固執』から『いいと思ったものへのこだわり』に変わることができたのだと思います」とチェンは笑う。チェンが次に提供してくれる「映画」という料理がどんな味なのか、期待せずにはいられない。