日本統治時代(1895~1945年)の台湾に設置された「台北帝国大学」を前身とする台湾大学(台北市)には、当時の建物や施設が現在も多く残る。台湾や東南アジアをはじめとする世界各地の植物標本約28万点以上を収蔵する「国立台湾大学植物標本館」もその一つ。日本統治時代に日本人研究者が採集した標本が数多く保存されており、現在の研究の礎になっている。
▽植物標本館の沿革と日本統治下の台湾の植物学
台北帝国大は1928年創立。植物標本館は翌年の1929年、理農学部の施設として同大敷地内に設置された。以来、台湾における植物研究の重要な拠点となっている。建物は1961年に一部改築が行われたものの、建設当時からほぼ変わらない姿を留めている。
台湾の植物研究は「台北帝国大の設置によって変化が起こった」と標本館の館長を務める胡哲明・生命科学学部教授は語る。1928年以前は研究者が東京大など日本からやってくる形だったが、大学創設後は現地の学者による研究が推進されるようになった。日本統治時代初期の研究は日本に持ち帰られてしまったものの、1929年から1945年までの重要な研究成果は全て台湾大に残っているという。現在同館が収蔵する日本統治時代に採集された標本は6万点余りに上る。また、1930~45年に海南島とミクロネシアで行った調査で採集された1万点に上る標本は、同館の重要な資料になっている。
胡館長によると、台北帝国大が第一の任務としたのは、植物分類学の泰斗として知られた工藤祐舜を北海道帝国大学(現北海道大)から招くこと。工藤は植物標本館の初代館長に就任し、北海道から持ってきた約2万点の標本は今でも貴重な資料になっているという。
▽日本統治時代の趣ただよう館内
標本館は2階建てで、1階の一部が展示ホール、2階が標本室になっている。標本室は一般公開されていないが、特別に中を見せてもらった。標本が保存されている棚は日本統治時代に設置されたものをそのまま使用しており、「理農」と書かれたタグが付けられていた。
展示ホールには、台湾の植物の紹介のほか、日本統治時代の来館者名簿、工藤の直筆原稿などを陳列。芸術家とのコラボレーションで、植物をテーマにした作品の展示も不定期入れ替えで行っており、文化的な雰囲気が漂う。
▽植物学を親しみやすいものに 「植物サロン」開講
植物学の面白さを広く知ってもらおうと、植物標本館では6月から、一般の人を対象とした「植物学サロン」を開講している。6月1日に開かれた1回目の講演者は、台湾大生命科学学部に在籍する沖縄出身の加藤詩邦さん。加藤さんはマメ科植物にスポットを当て、海を漂流して散布した種子が種分化に与える影響を研究している。サロンには、学生から研究者、一般の中年女性まで幅広い層が参加。参加者は加藤さんが紹介する様々な形の種に興味津々な様子で、種を触ったり、加藤さんに質問したりし、植物学の世界に親しんだ。約20人の定員を上回る申し込みがあり、キャンセル待ちも出るほどの盛況だったという。
(名切千絵)