(嘉義中央社)旧暦7月(今年は8月13日~9月10日)は先祖や無縁仏の霊がこの世に戻ってくる「鬼月」だ。台湾各地には人間活動によって犠牲となった動物を祭る「獣魂碑」が点在し、中元節の旧暦7月15日(今年は8月27日)には人間の霊と同様、供え物を用意してもてなす習慣がある。一方、南部・嘉義県の景勝地、阿里山には台湾で唯一の「樹霊塔」があり、そこではかつて、毎年3月と9月に樹霊祭が行われていたことは、あまり知られていない。
農業部(農業省)林業・自然保育署嘉義分署によると、樹霊祭は林業に従事する中で殉職した日本人技師と台湾人作業員77人の霊や当時伐採された10万本の大木の霊を供養するため、1934(昭和9)年に行われたのが始まりとされる。
高さ約20メートルの樹霊塔はその翌年に建立された。日本による台湾統治40年の節目に当たり、台湾総督府が台湾統治の成果をアピールする大規模な博覧会を開催した年でもあり、阿里山では樹霊塔だけでなく、高山博物館や阿里山貴賓館も同時期に完成している。
当時の樹霊祭には、林業関係の公務員や伐採、集材、鉄道関連の作業責任者など日本人を中心に約30人が参列していたとされる。
嘉義県文化観光局によれば、樹霊祭は第2次世界大戦後も続けられたが、儀式の形式が神道から道教に変わり、内容も感謝をささげることから供え物をささげて霊を慰めることへと変化したという。この時期になっても公務員や作業責任者などだけが参列し、観光客や地域住民の姿はなく、1969年以降、阿里山での伐採終了と参列者の減少などにより正式に中止されたという。
樹霊塔を巡っては、当時の日本人が樹木の報復を恐れ、台湾人または先住民の助言を受けて設置したという言い伝えもある。
2014年に委託を受けて調査した台北芸術大学建築・文化資産研究所の黄士娟副教授(准教授)は、台湾各地の民間信仰に同様の施設はないとし、樹木を供養し、作業員の安全を祈願する日本の「草木塔」と建立の目的や背景が極めて似ていると関連性を指摘している。