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日本時代に建設 製糖工場の排煙用トンネル 文化を今に伝える/台湾

2026/06/20 18:32
日本統治時代に建設された旧製糖工場の排煙用トンネル=6月19日、台中市
日本統治時代に建設された旧製糖工場の排煙用トンネル=6月19日、台中市

(台中中央社)1999年に操業を終了した製糖工場の施設を活用した中部・台中市の「月眉観光製糖工場」に、日本統治時代に建設された排煙用トンネルが残っている。煙突の下に設置されたトンネルとしては台湾で唯一、完全な形で現存するとされ、かつての文化を伝える重要なスポットになっている。

同工場は、1909(明治42)年に日本人実業家の小松楠弥が、当時の月眉庄にあった旧式製糖工場を買収して創設した「大甲製糖所」を前身とする。農家は栽培したサトウキビを原料として供給した他、近隣の住民は工場内で働き、周辺地域の産業の中心となっていた。高い煙突や大型設備を有していたため、第2次世界大戦中には重要な工業施設として攻撃を受け、一部の建物が損壊したが、修復を経て47年には製糖を再開した。工場内の製糖施設は2010年に歴史建築に登録され、関連の生産ラインや機械設備がほぼ完全な形で残されている。

そんな工場を代表する見学スポットの一つが、100年以上の歴史を持つ排煙用トンネルだ。運営する台湾糖業中彰区処によると、かつての製糖作業では燃料をボイラーで燃やして発生した高温の蒸気で機械を動かしていた。トンネルは点検整備や換気送風のための重要な施設だったという。

24年に起きた台湾東部地震では煙突に入っていた亀裂が拡大したため、修繕と補強を行い、歴史的空間を再生させた。

同処は同工場について、台中の重要な糖業文化を伝える拠点として、産業遺跡と歴史建築を完全な形で保存するだけでなく、ガイドや体験イベントなども組み合わせた魅力ある文化パークだと強調。来園者数も年々増加しており、月に訪れる観光バス台数はかつての100台から1000台に増えているという。

(謝怡璇/編集:齊藤啓介)

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