台湾の日式建築を研究 建築家・渡邉義孝さん、台南をテーマにした書籍出版=インタビュー

2022/05/12 15:46
スケッチ中に子供たちに取り囲まれる渡邉義孝さん(右手前)=新竹市内で撮影、渡邉さん提供
スケッチ中に子供たちに取り囲まれる渡邉義孝さん(右手前)=新竹市内で撮影、渡邉さん提供

日本人建築家が数年にわたり南部・台南市を訪れて記録した日式建築のスケッチと紀行文をまとめた書籍「台南日式建築紀行: 地霊与現代主義的幸福同居」が先月、台湾で出版された。作者は一級建築士の渡邉義孝さん。渡邉さんは10年余り前から台湾各地に残る日式建築を見て回り、スケッチで記録している。渡邉さんは中央社の書面インタビューに対し、台湾の文化財保存や台南への思いについて語った。

渡邉さんが台湾で書籍を出版するのは、2019年の「台湾日式建築紀行」に続いて2冊目。今回、台南をテーマにしたことについて、出版の話をもらった時に「ためらうことなく『台南をテーマにしよう』という方向性で訳者、出版社と一致しました」と明かす。

渡邉さんは2011年、「東アジア日式住宅研究会」のメンバーとして台湾を初訪問。視察の場所は主に台北市内だったが、その際に知り合った人に「台湾の面白さは台南にある」と教えられたのを機に、他のメンバーの帰国後も一人で台湾に残り、台南を訪れた。台南でも、知り合った若者から見るべき建築物を紹介され、芋づる式にフィールドワークが始まった。

「台南は私にとって、台湾国内における『最初の一人旅の土地』であり、建築探訪の原点であり、台北とは異なる歴史の重なりを体感できる場所でした」と渡辺さんは語る。

▽ 渡邉さんが語る台南の「地霊」

今回の書籍には「地霊とモダニズムの幸福なる同居」という副題が付けられた。台南の「地霊」とはどういうものなのか。

「地霊とは本来、土地に宿っている聖霊や地母神のようなものを指す言葉
です。建築においては、過去に堆積した歴史や人々の記憶を意味しており
、それが地形や街路、都市計画といった『目に見える表象』として、あるい
は『何かの拍子にフッと現れるシンボル』などとして表現されるものです」

渡邉さんは、台南においてそれは「二つの位相」で表出していると説明する。

一つ目は「空間的・面的な多様さ」だ。台南市街地には、「湯徳章紀念公園」の周囲のように壮麗な近代建築が並ぶゾーンと、曲がりくねった狭い道に雑多な家屋が密集する「蝸牛巷」のようなエリアが隣接して存在する。このような異種の空間が隣り合わせになった街並みが、400年以上にわたり連綿と続いてきた台南の歴史をダイジェスト的に理解させてくれるのだと渡邉さんは言う。

二つ目は「一つの建築や風景の中に、いくつもの時代の特徴が同居してい
る」という点だ。渡邉さんは「日本による街づくりの姿」と思われることの多い台南市の中正路を例に出す。中正路は日本統治下で総督府の市区改正や街路整備によって幾何学的に計画された。だが、中正路の建築物をよく見てみると、その間取りやグリッド(設計基準寸法)には台湾の伝統的な家作りの手法が生きているのだという。ファサード(正面の顔)は日式建築の特徴の一つである完全な西洋風スタイルになっていても、平面計画においては三進式という閩南建築にも共通する中庭型民居が採用されていることがあると指摘する渡邉さん。「こうした建築の姿に、私は地霊の一つの現れを見るのです」と語る。

書籍「台南日式建築紀行: 地霊与現代主義的幸福同居」の一部。地図は手書きのスタイルを残したまま、中国語に翻訳された(鯨嶼文化提供)
書籍「台南日式建築紀行: 地霊与現代主義的幸福同居」の一部。地図は手書きのスタイルを残したまま、中国語に翻訳された(鯨嶼文化提供)

▽ 台湾の文化財保存 「日本より20年進んでいる」

台湾の観光客が日本を訪れる際、日本の古蹟の維持や再生に感心する人は少なくない。だが渡邉さんは、文化財の保存においては台湾の方が日本よりも進んでいるとの考えを示す。

「確かに日本の古建築保存技術はレベルが高いと思います」と渡邉さん。日本では1897年の古社寺保存法制定で「国宝」という呼称が生まれ、国や自治体による文化財保存のシステムが作られた。このほか、歴史ある寺社建築はそれ以前から長いサイクルで解体修理を繰り返し、技法と部材を保存してきた。だが、伝統的な工法には非常に多くの費用がかかり、個人所有の建物や地域で共有する身近な施設に使われることはまれだと渡邉さんは指摘する。その上、文化財として指定・登録されるハードルは高く、ボロボロに傷んだ空き家などは、まずきちんと修理しなければ文化財にすることは困難だ。「『その修理を制度的・経済的にサポートしてほしいのに』と思っても、門前払いになるケースが多いのです」と日本の現状を嘆く。

それに対し、台湾では日式建築だけでなく、閩南式建築、戦後に国民党と共に台湾に移り住んできた軍人やその家族が暮らす「眷村」の住宅など、幅広いジャンルで古蹟や歴史建築に指定・登録されるものが増えてきていると渡邉さんは指摘する。

台南市普済里の古い洋館(渡邉さん提供)
台南市普済里の古い洋館(渡邉さん提供)

「日本の基準で考えると『これはもう再生不可能』と思うような、激しく損壊した建物でも歴史建築になりますね。さらに『未指定、未登録でも一定の年数がたった建物には修繕に補助金を出す』という台南市の条例は、私たち日本人から見たら夢のような制度です」と台南市の制度を称賛する。「歴史的建造物単体ではなく、エリア全体を保全して地域の魅力を高めていく」という台南の政策は先駆的なのだという。

また、所有者の解体意思を地域住民が阻止するための「暫定古蹟」という制度を文化資産保存法が保障していることも、台日の大きな違いだと説明する渡邉さん。「自覚した市民が都市景観に責任と決定権を有するこのシステムを見るだけでも、『文化財保存において、台湾は日本より20年進んでいる』という言葉が納得できます」

▽ スケッチは「未知の国で人と人をつなぐ魔法」

渡邉さんは日式建築を巡る際、スケッチをして建物を記録している。「スケッチは未知の国で人と人をつなぐ魔法のようなもの」だと渡邉さんは言う。

新竹市内でのスケッチ中、多くの人々に取り囲まれる渡邉さん(中央手前)=渡邉さん提供
新竹市内でのスケッチ中、多くの人々に取り囲まれる渡邉さん(中央手前)=渡邉さん提供

「スケッチをするという行為は、写真を撮ることと比べると大きな違いがあります。 描くために対象を数限りなく観察するということ、対象だけでなく、その場の空気や雰囲気、音や温度までもが『登場人物』のように紙に刻み込まれるということです」

地面に座り込んでスケッチをしていると、子供たちに取り囲まれて見守られたことや、建物の住人と言葉を交わし、中に招かれたり、思い出を語ってもらったりしたこともあるという。「もし私が外から写真を撮るだけだったらどうでしょう。住人は嫌な気持ちになり、警戒するだけかもしれません」とスケッチならではの魅力を語る。

▽ 台南では迷子になれ 渡邉さんが推薦する台南の楽しみ方

2019年から「台南市観光顧問」を務めている渡邉さん。日本人観光客に台南でしてもらいたいことは(1)迷子になること(2)食べること(3)建築を見てスケッチをすること―だと話す。

台南市内の複雑に入り組んだ路地=渡邉さん提供
台南市内の複雑に入り組んだ路地=渡邉さん提供

「わずかな時間でもいい、スマホから目を離してみる。目を凝らして周囲を見る。曲がった道がどの方角に延びているか、日差しと風から推理してみる。雑踏の賑わいと家並みの風合いの違いから、進むべき方向を自分で決めてみる。明るく整然とした方に行くか、ちょっと暗くて猥雑な路地を進んでみようか。角を曲がった時に目に入る風景に、全神経を集中しなければならなくなる。その緊張と邂逅の繰り返しが本来の旅の姿であるならば、台南以上にそれに適した場所は無いのです」

食べることについては、高級な名店と屋台、両方に行ってみることを勧める。「高い評価は歴史的な蓄積の証し」と渡邉さんは語る。自分でおかずを選んで容器に入れてもらえる弁当屋にも挑戦してほしいという。「おいしそうに見えて選んだ総菜が、予想以上に口に合った時は『自分も旅の達人になれた』と思えるでしょう。さらに、スープをビニール袋にパンパンに詰めてもらって、それをホテルのテーブルでカップに上手に移すことに成功したら、私はあなたの弟子になるかもしれません。私はまだ一度も成功したことがありませんから」と茶目っ気をのぞかせる。

「台南に残る古い建築は、閩南式、日式和風、日式洋風の三つの特徴をどこかに表現していることが多い」と指摘する渡邉さん。一つの建物の中に異なる意匠が同居しているということは、異なる時代の思想、哲学が同居していることを意味する。そしてそれは写真を撮るだけではなかなか分からないのだという。

「上手な絵を描く必要はありません。かわいいと思った窓の形だけでもいいのです。柱の頂部のギリシャ風の彫刻だけでもいいのです。ノート、メモ帳に描くだけでも。それもない? ならば、さっきカフェでもらったレシートの裏面でもいいですよ。ちょっと目が留まった建築のディテール(細部意匠)を描くことで、新しい世界の入り口が開かれるかもしれませんから」

▽ 2年半の間に生まれ変わった日式建築は全て見てみたい

新型コロナウイルスの影響で、渡邉さんは2020年1月に台湾を後にして以来、2年以上も台湾を訪れていない。次に台湾を訪れた際には「この2年半の間に生まれ変わった日式建築は全て見てみたい」と意欲を見せる。台南にはまだ見ていない建物がたくさんある。

「まず西市場に行きます。きれいに修復されたと聞いています。それから木材故事館にも足を伸ばしたいです。後壁の義昌碾米廠(精米工場)、麻豆区の総爺芸文センターも。それから菁寮には国小礼堂(小学校の講堂)など見るべき建物がいくつもあります」。行きたい場所を次々と挙げる。

風雨にさらされて汚れたままの姿を目にしたことがある建物の中では、暫定古蹟となった陳一鶴宅や解体を免れることになった孫宅なども見届けたいという。このほか、修復が始まった白金町警察宿舎と台南刑務所宿舎の工事中の様子も「ぜひ見たい」と語った。

台南への熱い思いをのぞかせる渡邉さんに、1カ所だけ選べるとすれば、台南で最も「ドキドキする場所」はどこか尋ねた。

渡邉さんが台南で「ドキドキする場所」として挙げた台南市中正路5巷の洋館(渡邉さん提供)
渡邉さんが台南で「ドキドキする場所」として挙げた台南市中正路5巷の洋館(渡邉さん提供)

「表通りも裏の細い路地にも建築の魅惑が充満している台南で、『ドキドキする建築を一つ選べ』なんていう質問に答えられるはずがないでしょう!…と言いたいところですが、あえて挙げるなら、旧台南州会の南側にひっそりと残る緑色(鴬色)のかわいらしい洋館を推薦します。おそらくあまり知られておらず、古蹟にも指定されていない小品ですが、人が建築に求める美が凝縮したようなその姿は、2011年に初めて出会った時から私の心をとりこにしてしまったのです」

(黄淑芳/編集:名切千絵)

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