中華圏の映画の祭典「ゴールデン・ホース・アワード」(金馬奨)の第57回授賞式が11月21日、台北市の国父紀念館で開かれた。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、海外からの出席者はやや少ない印象だったが、映画界の著名人やスターなどが集結し、今年も荘厳かつ華やかな雰囲気で式典が営まれた。
この記事では、感動と笑いに溢れた今年の授賞式の名場面5選を紹介する。
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1.81歳の大ベテラン、チェン・シューファンが主演&助演女優賞
この日、会場を最も盛り上げたのはベテラン女優、チェン・シューファン(陳淑芳)と言って間違いないだろう。「弱くて強い女たち」(孤味)で主演女優賞を、「親愛的房客」で助演女優賞を受賞し、女優賞を総なめにした。シューファンは現在81歳。演技の世界に入って63年にして初めてのトロフィー獲得となった。
シューファンは2度のスピーチで涙を流しながらも茶目っ気たっぷりな発言をし、会場を爆笑に包んだ。先に発表された助演女優賞の受賞スピーチで、「63年も待ったんだから、今日はトロフィーをもう1個もらってもいいかしら」と言って大きな歓声と拍手を浴び、「みんな私が欲張りだと思うかもしれませんが、63年も待ったんだから、もちろん貪欲になる」と言って笑いを誘った。そして、「来年以降もギャラは上げません。私は役者であり、スターではありませんから。みなさんが私の存在を覚えてくれているのであれば、例え出番がワンシーン、セリフが一言でも選り好みせず引き受けます」と述べ、役者としての気概を見せた。主演女優賞で名前が呼ばれると、涙で顔を歪ませながら登壇。審査員や監督などに感謝を述べた上で、「受賞は作品全体を代表するもの。だけど、みなさんがこの老人の私を痛めつけるとは思っていなかった。80歳を過ぎているのにこんなに重いもの(トロフィー)を持たないといけないなんて」と冗談交じりに言い放ち、「それでもしっかりと抱きかかえなきゃね」と言ってトロフィーをぎゅっと抱きしめた。そして念を押すかのように「忘れないでね。私はギャラを上げないから」とおどけてみせ、再び会場を爆笑の渦に包んだ。
2. ホウ・シャオシェン監督が生涯功労賞今年の生涯功労賞(終身成就獎)には台湾映画の巨匠、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督が選ばれた。
ホウ監督は会場のスタンディングオベーションの中でステージに立ち、長年にわたり共に映画を作ってきた仲間たちに囲まれる中でカメラマンのリー・ピンビン(李屏賓)からトロフィーを受け取った。ホウ監督がトロフィーを手にしてからも拍手は鳴り止まず、40秒以上続いた。ホウ監督は「とてもうれしい」と満面の笑みを浮かべ、「みなさんがいなかったら何の作品も作れなかった」と映画界の人々に感謝を示した。そして「人を感動させるなら、まずは自分を感動させることから」と言ってスピーチを締めくくった。3. 是枝裕和監督の感動的スピーチ
ホウ監督の登壇前、案内人としてステージに立ったのは是枝裕和監督。是枝監督は台湾入境後2週間の在宅検疫(外出禁止)措置を受けねばならないにもかかわらず、金馬奨出席のために訪台した。
日本統治時代に台湾で生まれたいわゆる“湾生”の父親を持つ是枝監督。27年前にホウ監督に会い、そのはるか昔にホウ監督の作品に出会ったことで「父親の生まれ育った場所である台湾と台湾映画について深く深く考えて愛するようになりました」と感情を込めながら話した。続けて「(ホウ監督)ご本人とお会いして、何よりその人柄にひかれて、惚れ込んで、少しでも彼のそばによりたいと思って、僕は映画監督になる覚悟を決めました」とホウ監督の存在の大きさに触れ、「彼は僕の父親なんですね。もちろん血縁(関係)はないんですが、僕は彼の息子だと思ってます」と話すと、会場からは大きな歓声と拍手が上がった。また、「もし隔離期間が4週間でも躊躇なく(案内人の役を)お引き受けしたと思います」と述べ、この役目を是枝監督がいかに重視しているのかを伺わせた。4. 「消失的情人節」が最多5冠
今年最多受賞となったのは、チェン・ユーシュン(陳玉勳)監督のラブコメディー「消失的情人節」。長編劇映画作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、視覚効果賞の5部門を制した。
同作は「消えたバレンタインデー」を巡り、せっかちな女性とゆっくりとした時間の中で生きる男性との間で繰り広げられる奇想天外な物語を描いた。
チェン監督は監督賞の受賞スピーチで、「コメディーはなかなか賞を獲りにくいジャンル」だと言及。内向的で恥ずかしがり屋な性格だからこそ、悲喜こもごもな形で心の内を表現し、コメディーの形式で悲しい物語を撮ってきたとし、「私を見抜いてくれてありがとうございます」と審査員に感謝した。58歳のチェン監督は「実は引退したいと少し思っていた」と明かしつつ、「でもまだダメみたいですね」と頬を緩ませると、会場からは大きな歓声と拍手が上がった。5. コロナ下でも盛大に開かれた映画の祭典金馬奨は中華圏で最も重要視される権威ある映画の祭典の一つとされ、例年、国内外から人気俳優や映画関係者が集う。今年はコロナの影響で海外からの参加が難しい状況だったがそれでも、台北金馬映画祭実行委員会主席を務める米国在住のアン・リー(李安)監督はもちろんのこと、是枝監督やマレーシアの女優、ヨー・ヤンヤン(楊雁雁)らが2週間の隔離期間があるにもかかわらず訪台した。
出席者や報道陣などには金馬特製のマスクが配布され、感染対策をしつつも、洗練された雰囲気が保たれた。
リー監督は授賞式終了後、プレスルームでの取材に対し、「今年はとても特殊な一年だった」と切り出した上で「米国から戻ってきた身として、これほど多くの人が一堂に会し、映画の祭典を開けるということは、言葉にならない感動があった」と神妙な面持ちで吐露。金馬奨に30年参加してきた中で、「今回の授賞式のことは深く心に刻んでおく。人生においてとても特殊な経験になった」と述べた。
<主な受賞結果>
長編劇映画賞:「消失的情人節」
監督賞:チェン・ユーシュン(陳玉勳)「消失的情人節」
主演男優賞:モー・ズーイー(莫子儀)「親愛的房客」
主演女優賞:チェン・シューファン(陳淑芳)「弱くて強い女たち」
助演男優賞:ナードウ(納豆)「同學麥娜絲」
助演女優賞:チェン・シューファン(陳淑芳)「親愛的房客」
新人俳優賞:チェン・イェンフェイ(陳姸霏)「無聲(むせい)」
(名切千絵)