村上春樹さんのエッセー「猫を棄てる 父親について語るとき」(文藝春秋)の装画・挿絵担当に抜擢された台湾のイラストレーターで漫画家の高妍(ガオ・イェン)さん。インタビュー後編では、漫画家としての活動について聞いた。(名切千絵)
「猫を~」の装画・挿絵の仕事について聞いた前編はこちら。
▽ 高さんにとって「漫画」とは
高さんは、今回の仕事ではイラストを担当したが、自身の出版物はシリーズで描いたイラストと漫画で構成している。インタビューの際、肩書はイラストレーターか漫画家か、どちらのほうがいいのかと聞くと、「両方でお願いします」との答えが返ってきた。
「漫画を描く上でとても大切なことは、自分の私生活の経験をいかにして物語に落とし込むか、そして文化が異なる人でも理解できるようにすること」と高さんはこだわりを明かす。高さんにとって漫画とは「伝えたい心の内を伝えられる表現形式」だ。
幼少期は漫画家になることを夢見ていたが、高校生、大学生になるとイラストレーターやデザイナーを志すようになり、大学ではデザイン関係の学科に進学した。だが、個々のイラストを描いていくうちに、「伝えたい気持ちは漫画でしか表現できない」ということに気付いた。そこで制作したのが「緑の歌」だ。2018年に発表したこの作品は高さんのクリエーター人生において大きな転機となる。同作品は、高さんが愛してやまない音楽家、細野晴臣を巡る高さん自身の体験から生まれたもので、作品中には細野の曲の歌詞が織り交ぜられている。作中に登場する曲の歌詞を手掛けた松本隆の手に作品が偶然にも渡ったのをきっかけにSNSで一躍注目を浴び、さらには細野本人との面会も実現した。
▽ 日本で漫画連載開始へ 日本に台湾の良質な漫画を届けたいという思い
高さんはすでに、日本の漫画ウェブサイトでの漫画連載が決まっている。掲載する作品は、「緑の歌」と昨年11月に出版した「間隙 すきま」を整理し、よりまとまった形にしたものになる予定で、日本で発表した後、台湾でも単行本として販売する計画だという。
日本で先行して発表するのは、「日本の人々に『台湾の作品も素晴らしい』ということを示したいから」だと語気を強める。
そんな思いを抱くようになったきっかけは、沖縄留学時に感じたある疑問だ。日本漫画に親しんでいた高さんは大学時代、留学先に日本を選び、2018年9月から1年間、沖縄県立芸術大学で油絵や版画を学んだ。そこで、日本人とのやり取りを通じて初めて、「日本人は実は台湾についてあまり知らない」という事実を身をもって知った。「それはなぜだろう」と考えていた時に、台湾の人々は日本の漫画を読んで育っているものの、日本人はそうではないため、「理解していなくて当然」との考えにたどり着いた。
「緑の歌」の日本語版は、高さんがよく通っている台北市の漫画専門店「Mangasick」によって制作された。高さんによると、同店が日本語版を手掛けたのは、同作が「日本の読者の共感を即座に呼ぶ」と考えたからだという。実際に、同作を読んだ日本の読者からは「どうしてこの物語を描いたのは日本人ではなくて台湾人なんだ」という感想が寄せられた。「この言葉を聞いて感動した」と高さんは語る。「日本人が描きそうな題材なのに、誰も描いていない」と指摘し、「『緑の歌』を日本で出したら、必ず反響はある」と自信を見せる。だからこそ、日本で予定している連載は「絶対にきちんとしなければならない。重要な目標」だと気合を入れた。
11月には東京で版画の個展も予定している。睡眠や食卓を題材に、A4サイズの作品を15~20点ほど展示する予定だという。
愛らしく、柔らかな雰囲気をまとう高さん。その内面には、創作活動における揺るぎない信念や情熱があることが発言の端々から感じられた。高さんの今後の活動が楽しみでならない。