自分が日本で活躍することで、台湾のプロレスを盛り上げたい――。台湾人として唯一日本の団体に所属するプロレスラー、レッカさん(32)は14日、台北市で中央社のインタビューに応え、日本での活動にかける思いや今後の目標について語った。
◇小学生で日本のプロレスに熱中
レッカさんは今年3月に「DDTプロレスリング」傘下のDNA(DDT NEW ATTITUDE)に入団し、日本で本格デビューを果たした。プロレスとの出会いは小学生の頃兄が見ていたプロレス番組で、放送されていた新日本プロレスやみちのくプロレスの試合に熱中した。ただ、レッカさんは「その頃はレスラーになりたいとは思っていなかった」と振り返る。台湾には当時プロレス団体が一つもなかった。
「プロレス好きの若者」でしかなかったレッカさんが、プロレスラーとしてデビューしたのは2003年。同じプロレス好きの台湾人が立ち上げた団体「IWL」の試合だった。プロレス団体といっても学生が中心でトレーナーもおらず、デビュー戦はリングではなく薄いウレタンマットの上で行われた。
2007年に兵役に就いたのをきっかけにプロレスから一時離れたものの、2011年に復帰。レッカさんは「一度リングに上がった人はもうプロレスをやめられない」とプロレスの持つ“魔力”を語る。翌2012年には自身が立ち上げに関わった「新台湾プロレス」(NTW)の社長に就任している。
社長就任後も「年に数回リングでプロレスができればそれでいい」と思っていたレッカさんの人生を変えたのは、2013年12月の沖縄「琉球ドラゴンプロレスリング」への参戦だ。同地に2カ月間滞在し、台湾より進んだ日本のプロレスを目の当たりにしたことで、「台湾のプロレスを大きくしたい」との強い思いがレッカさんの中で生まれた。
◇台湾のプロレスを変えたい
「台湾ではいまだにプロレスは『暴力的』というイメージがある。自分はこれを『楽しい』に変えたい。大会の開催回数をこれまでの年3~4回から月1回に増やし、台湾でもプロレスが見たい時に見られるようにしたい」というレッカさん。今後の目標は「プロレスを見たい人、やりたい人、そして興味がなかった人まで取り込み、台湾にプロレスの文化を根付かせること」だ。
日本での活動についても「どこまでやれるか分からないが、目の前のことを一つひとつ頑張っていきたい」と意気込みを示した。11月20日にはDDTが台北市内で開く初の台湾大会に出場。母国で日本人選手らと熱い闘いを繰り広げる。
(杉野浩司)