人間国宝、王清霜さん 日本時代に伝わった漆芸を継承/台湾

2022/05/12 17:26
「行政院文化奨」を受賞した漆職人の王清霜さん
「行政院文化奨」を受賞した漆職人の王清霜さん

(台北中央社)台湾の人間国宝、漆職人の王清霜さんが今年、台湾の文化界で最高栄誉とされる「行政院(内閣)文化奨」の受賞者に選ばれた。10代の頃から漆塗りに携わり、現在も精力的に作品を手掛け続けている。

日本統治時代の1922(大正11)年生まれ。当時の中部・台中工芸専修学校で漆塗りを学び、東京美術学校(現東京芸術大学)漆工科に進学。台湾に戻った後は、台中工芸専修学校で後進の指導に当たり、2009年には台湾の人間国宝とされる重要無形文化財(漆芸)保持者に認定された。息子の賢民さんと賢志さん、孫の峻偉さんも漆職人だ。

「放課後にも誰かに学んだ。国のためになるから」。清霜さんは、できる限り多くのことを学ぼうとしていた学生時代をこう振り返る。賢民さんが清霜さんから聞いた話によると、当時台湾から日本に学びに行った学生はみんなまじめだっという。「みんな日本に残って勉強することができなかったため、短期間に学べるものは何でも学んだ。日本の先生は厳しく、もし出来が悪ければ、作品を外に捨てられた。だから、戻ってきた人の基礎はしっかりしている」(賢民さん)。

清霜さんは、美術の基礎と工芸学校で培った技術を生かし、自らの会社、美研工芸を立ち上げて実用的で美しい工芸品を世に出したばかりでなく、1954年には画家の顔水龍氏と共同で南投県工芸研究班(現国立台湾工芸研究発展センター)を設立し、指導に当たった。

清霜さんによると、台湾は以前、漆を中国や南洋から輸入していたが、後に台湾でも漆が植えられるようになると、品質が良く、特に中部は漆塗りに最適な場所だったという。「北部に近ければ寒く、南部に近ければ解けてしまう」からだ。インタビューを受ける際も、およそ20年置かれた作品を手に取り、「良い天然の漆は時間がたてばたつほど美しくなる」と誇らしげだ。

漆皿や宝石箱を作り続けてきたが、70歳ごろには創作の難易度が高い漆絵も手掛けるようになった。今でも、毎日作業することを習慣にしており、時折、過去の作品を直したり、新しい作品を描く。長いときには1日に5〜6時間も没頭し、起床後すぐに作業場で作品を見ることもある。

峻偉さんは、漆器や漆絵は長い時間をかけてようやく作品が完成すると語る。賢志さんは、清霜さんの作品は実は多くないとし、完成したと思っても手直しを続けていると話す。

取材を終えて別れる際、峻偉さんは清霜さんのこんな言葉を伝えてきた。「職人という日本語の言葉の意味は、一つのことをやり遂げることだ。漆芸をやると決めたら、それをやり続けることが、職人の精神である」

今年の行政院文化奨には王清霜さんの他、詩や小説、エッセー、翻訳などを手掛けた文筆家の李敏勇さんと指揮者の呂紹嘉さんが選ばれている。

(王宝児/編集:齊藤啓介)

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息子の賢民さん(左)、賢志さん(右から2人目)、孫の峻偉さん(右)も漆職人
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