台湾の音楽界で最も注目される「ゴールデン・メロディー・アワード」(金曲奨)。第34回を迎えた今年の授賞式は7月1日、3年ぶりに台北市の台北アリーナで開かれた。今年の受賞結果と授賞式の模様を詳報する。
▽ 最高賞の年間アルバム賞はチンフォン
応募数がアルバム1667件、2万4604作品と過去最多だった今回。ノミネート発表時に審査員長のチェン・ジェンチー(陳建騏)が「競争が激しかった」と評するほど、高い品質の作品がひしめき合った。
そんな中で最高賞の年間アルバム賞に輝いたのは、人気バンド「ソーダグリーン」(蘇打緑)のボーカル、ウー・チンフォン(呉青峰)のソロアルバム「馬拉美的星期二」。フランスの詩人マラルメが毎週火曜日に作家や芸術家を集めて開いていた「火曜会」から着想を得て制作された。12曲全てで海外のミュージシャンとコラボレーションしたバラエティー豊かな作品。日本から「和楽器バンド」の蜷川べに(津軽三味線)やアコーディオン奏者の佐藤芳明、ボサノバ歌手の小野リサ、シンガーソングライターの大橋トリオも参加している。
チンフォンは「たくさんの挫折を経験して、これらの痛みによってこの自由でハッピーなアルバムが出来上がったと思います。今、多くの人が傷を負っているかもしれません。全ての傷が声を上げ、それがしっかり届くことを願います」と最近台湾で広がっている「#MeToo」を念頭にスピーチした。
▽ 華語歌手賞はHUSHとA-Linが初受賞
華語男性歌手賞はHUSH(ハッシュ)が「娯楽自己」で、華語女性歌手賞はA-Lin(アリン)が「LINK」でそれぞれ受賞した。
作詞家や作曲者としても数多くの作品を手掛けてきたHUSHは2021年にターシー・スー(蘇慧倫)の「安和」、翌22年には自身の「衣櫃歌手」でそれぞれ作曲者賞を受賞しているが、歌手賞を手にするのは初めて。
プレスルームでのインタビューでは「これまでは他の人の楽曲から自分の名前を知ってもらうことも多く、最近は裏方と歌手の2つの身分の間での葛藤もありました。歌手の部門にノミネートできただけでうれしく、受賞までできるとは予想していませんでした。だから今は自信を持って『自分はシンガーソングライター』と言えます」と満面の笑みを浮かべた。
胸を大きく露出した妖艶な衣装で登場したHUSH。レッドカーペットでは「セクシー度ナンバーワンでしょ?」と自信たっぷりな様子だった。
実力派として知られ、金曲奨の常連ともなっているA-Linは5度目の華語女性歌手ノミネートにして初受賞を果たした。受賞スピーチでは涙を浮かべつつも「この過程は16年リハーサルをし続けました」「これはこれまで何回も書いた受賞スピーチです」と茶目っ気たっぷりに語り、会場を笑わせた。関係者への感謝を述べた上で「最後に自分自身に感謝します。歌を愛してくれてありがとう。自分を感動させられなかったら、いい歌を届けられません。どんな体型でも、私は私です」と堂々と語った。
台湾原住民(先住民)アミ族のA-Linは、伝統衣装姿の両親と共に授賞式に出席。名前が呼ばれると、「信じられない」といった表情で母親と固く抱き合い、喜びをかみ締めた。
A-Linはパフォーマンスのプログラムにも登場し、特別貢献賞を受賞した欧陽菲菲の楽曲のスペシャルメドレーも披露。軽快なダンスを交えながら「ラヴ・イズ・オーヴァー」や「擁抱」「雨の御堂筋」などを力強い歌声で熱唱した。
チェン審査員長によれば、最も審査が難航したのは華語男性歌手賞。3回にわたって投票を行い、最後の投票はチンフォンとHUSHの一騎打ちとなった。HUSHは自分の心の内を表現した点が高く評価された。華語女性歌手賞は1回の投票でA-Linに決まったという。
▽ ションザイ「PRO」が華語アルバム賞
華語アルバム賞にはラップ歌手ションザイ(熊仔、Kumachan)の「PRO」が輝いた。ションザイは壇上に上がると「この賞は2019年のションザイに贈りたい。夢がかないました」とトロフィーを高く掲げた。ラップ形式でのスピーチも披露し、自身らしさを十分に表現した。
▽ 宇宙人がバンド賞を初受賞
バンド賞はロックバンド「宇宙人」(Cosmos People)が「理想状態」で手にした。結成19年にして初受賞。
ボーカルのシャオユー(小玉)は受賞スピーチで「すみません、ちょっと長くなります。前回のノミネート(2016年)以来、受賞スピーチ(の原稿)は僕のメモに10年近く眠っていたので」とスマートフォンを片手にユーモアをのぞかせた。審査員や関係者、所属レコード会社の先輩であるロックバンド、メイデイ(五月天)などに感謝を述べた上で、最後にファンに感謝を伝えると、会場のファンから大きな歓声が上がった。
結成20周年となる来年、台北アリーナでコンサートを開くことも予告した。
▽ 台湾語アルバム賞受賞のイーノ・チェン、#MeToo告発者にエール「より透明な環境を」
初の台湾語アルバム「水逆」で台湾語アルバム賞と台湾語女性歌手賞を受賞したイーノ・チェン(鄭宜農)も受賞スピーチで#MeTooの告発者にエールを送った。「自分の傷をみんなの前にさらし出してくれた全ての人に感謝します」と感謝の言葉を述べ、「これらの日々の騒ぎや議論によってさらに安心感や透明な環境がもたらされ、自分たちがやるべきこと、やりたいこと、夢見ていることをできるようになることを願っています」と台湾社会がよりよくなることを願った。
▽ ばらけた受賞
今年は賞を多数受賞する作品はなく、受賞がばらけた。最多8部門にノミネートされていたホン・ペイユー(洪佩瑜)の「明室」は新人賞の受賞のみにとどまった。チェン審査員長は授賞式終了後、報道陣の質問に対し、受賞をばらけさせることを狙っていたわけではないと強調。どの作品も素晴らしく、公正な審査によってこのような結果になったと説明した。
▽ 欧陽菲菲が特別貢献賞
特別貢献賞には欧陽菲菲と、昨年12月に亡くなった作詞家で音楽プロデューサーのリン・チウリー(林秋離)が選ばれた。
欧陽は授賞式出席のために訪台。台湾で公の場に姿を見せるのは2013年以来となった。ステージに立つと審査員やファンに感謝を述べ、「歌とパフォーマンスはこれまでずっと私の夢でした。可能であれば、ずっと歌い続けます。決して諦めません」とあいさつ。スピーチの最後には、台湾でドラマ「おしん」のテーマ曲に採用され国民的楽曲となった「感恩的心」のサビ部分をアカペラで披露し、割れんばかりの拍手と歓声を浴びた。
プレスルームにも姿を見せた欧陽は、台湾でのコンサート開催の計画があるか聞かれると「その予定はありません」と返答。報道陣から早期の開催を催促される場面もあった。
リン・チウリーへの賞授与の前には、チウリーを「恩師」と呼ぶ歌手のリン・ジュンジエ(林俊傑、JJ)がチウリが詞を手掛けたアーメイの「聽海」や JJの「 不為誰而作的歌」などをメドレーで披露した。
▽ 日本からKing Gnuが登場 ライブパフォーマンスを披露
授賞式にはロックバンドのKing Gnuも出席。パフォーマンスのトリとして登場し、「カメレオン」と「一途」の2曲の曲調の全く異なる楽曲を披露し、会場を沸かせた。台湾でのステージは初めて。
授賞式前に行われたレッドカーペットでは、大きな歓声で迎えられたKing Gnu。インタビューにはドラムの勢喜遊が全て中国語で答えた。「僕たちはKing Gnuです」とあいさつした他、初めて海外の授賞式に参加した感想を聞かれると「最高です。素晴らしいです」と笑顔を見せた。
▽ ギタリストの大竹研も演奏披露
この1年に亡くなった音楽関係者を追悼するパートでは、ギタリストの大竹研がエッグプラントエッグ(茄子蛋)のボーカル、黄奇斌とコラボレーションした。大竹のギター演奏に乗せ、黄がしっとりとした歌声を響かせた。
大竹はホアン・ペイユー(黄培育)の「汫」でインストアルバムプロデューサー賞の候補に入っていたが、受賞は逃した。
▽ ウェイ・リーアンが司会初挑戦
授賞式の司会には歌手のウェイ・リーアン(韋礼安)が初挑戦した。オープニングでは人気曲「如果可以」を、歌詞を金曲奨向けにアレンジして披露。式典の開幕を盛り上げた。
▽ 受賞者を間違えるハプニングも
プレゼンターが誤ってトロフィーを本来の受賞者とは異なる候補者に渡してしまうというハプニングもあった。
ハプニングが発生したのは歌曲プロデューサー賞の発表時。プレゼンターのイブ・アイ(艾怡良)が受賞者の名前が書かれたカードを開いた際、受賞者の名前と審査員長のサインを混同し、誤って「チェン・ジェン…(陳建…)?」と自信なさげに読み上げた。偶然にも候補者の中に審査員長のチェン・ジェンチー(陳建騏)と名前が似ている「チェン・ジェンウェイ(陳建瑋)」がいたため、ナレーション担当者が助け舟を出し、「チェン・ジェンウェイ」とアナウンス。呼ばれたジェンウェイが登壇してトロフィーを受け取った。だが受賞スピーチの途中で受賞者の間違いが発覚。イブがジェンウェイに駆け寄り、事情を説明して謝罪した。ジェンウェイは「僕はプレゼンターになりました」と機転を利かせて気まずい雰囲気を打ち消し、笑顔で客席に戻った。
ハプニングを巡っては、受賞者の名前が書かれたカードのデザイン上の不備を指摘する声も上がった。カード上では、受賞者の名前よりも審査員長のサインの方が大きく配置されていた。
▽ 受賞一覧
■ 年間アルバム賞:「馬拉美的星期二」/ウー・チンフォン(呉青峰)
■ 年度歌曲賞:「最好的時光」アンプー(安溥)
■ 華語アルバム賞:「PRO」/ションザイ(熊仔)
■ 台湾語アルバム賞:「水逆」/イーノ・チェン(鄭宜農)
■ 客家語アルバム賞:「簷風謠」/リン・ユーティン(林鈺婷)
■ 原住民語アルバム賞:「cinevuan 7鄰86号」/Matzka
■ ミュージックビデオ賞:「Little Balcony」/監督:Pennacky
■ 作曲家賞:ララ・スー(徐佳瑩)「不在一起就不會分開」(「明室」)/歌唱者:ホン・ペイユー(洪佩瑜)
■ 作詞者賞:チョウ・ヤオホイ(周耀輝)「人啊人」(「人啊人」)/歌唱者:イーソン・チャン(陳奕迅)
■ 編曲家賞:ツァイ・クンチー(蔡坤奇)「李小龍」(「9522」)/歌唱者:アンプー(安溥)
■ アルバムプロデューサー賞:ブレア・コー(柯智豪)「辺縁転生術 Holy Gazai」/歌唱者:A_Root同根生
■ 歌曲プロデューサー賞:ドゥードゥー(嘟嘟)、チョウ・イートゥン(周已敦)「Telephone」(「Snow White」)/歌唱者:JADE
■ 華語男性歌手賞:HUSH「娯楽自己」
■ 華語女性歌手賞:A-Lin「LINK」
■ 台湾語男性歌手賞:アゲラ(阿吉仔)「心愛的謝謝」
■ 台湾語女性歌手賞:イーノ・チェン(鄭宜農)「水逆」
■ 客家語歌手賞:ジュリア・パン(彭佳慧)「我在客庁做的夢」
■ 原住民語歌手賞:カシワ(葛西瓦)「我這裡有一批很純的你要不要 Ita」
■ バンド賞:宇宙人(林忠諭、方奎棠、陳奎言)「理想状態」
■ コーラスグループ賞:Crispy脆楽団(盧羿安、丁律妏)
■ 新人賞:ホン・ペイユー(洪佩瑜)「明室」
■ インストアルバム賞:「Connected」(繫)/演奏者:チェンチェン・ルー(魯千千)、リッチー・グッズ
■ インストアルバムプロデューサー賞:ベイビー・チョン(鍾興民)、Yannick Barman「阿爾卑斯的日落」/演奏者:鍾興民、Yannick Barman
■ インスト作曲家賞:ベイビー・チョン(鍾興民)、リッチ・ホアン(黄瑞豊)「市場裡的苦瓜嫂」(「潮」)/演奏者:黃瑞豊
■ アルバムデザイン賞:ビー・ジャンイン(畢展熒)「調教」
■ 歌唱レコーディングアルバム賞:「Time’s up」
■ インストレコーディングアルバム賞:「SEDAR Trio - Vol. 1」
■ 審査員団賞:カシワ(葛西瓦)
■ 特別貢献賞:リン・チウリー(林秋離)、欧陽菲菲
(名切千絵)