文化+/経験を燃料に光を放つ 台湾の人気ユーチューバー阿滴さん<文化+>

2022/04/12 18:27
ユーチューバーの阿滴さん(鄭清元撮影)
ユーチューバーの阿滴さん(鄭清元撮影)

動画投稿サイト、ユーチューブで登録者270万人の英語教育チャンネル「阿滴英文」を運営する阿滴(アディ)さんは2021年末、220人余りの人気ユーチューバーが見守る中、ウエディングドレス姿で披露宴会場に現れた。

もちろん、結婚するわけではない。

ユーチューバーの志祺さんと創設した「台湾ニューメディア映像クリエーター協会」のパーティーでの一幕だ。同協会は孤軍奮闘するクリエーターを支援し、交流の場としての役割を担う。毎週の定期集会や連絡窓口、チャンネルが盗用被害に遭った時の対応、法律の知識の提供などを行っている。

ユーチューブの昨年7月現在の統計によると、台湾で10万人以上の登録者を抱えるクリエーターは1500人を超え、登録者100万人超えのクリエーターは100人を突破した。ユーチューバーはすでに新たな職業となり、クリエーターを表彰するアワード「走鐘奨」まで開かれるようになった。

これは7年前、インターネット関連の会社で働きながら退勤後に妹の滴妹(ディーメイ)さんと動画を制作していた当時の阿滴さんにとっては、想像だにしなかった光景だ。阿滴さんが2015年に投稿を始めた頃には、台湾には登録者100万人超えのユーチューバーは蔡阿嘎(ツァイアガー)さん1人しかいなかったのだから。

「ユーチューブは今では主流のプラットフォームになりました」。ユーチューバー界の「地下の理事長」から正式に「地上の理事長」に転身した阿滴さんは、おなじみの黒縁眼鏡姿で真剣なまなざしをカメラに向ける。

※本記事は中央社の隔週連載「文化+」の「在網路中燃燒熱情 阿滴:別把價值感壓在工作上」を編集翻訳しました。

▽ 今からユーチューブに参入してもまだ間に合うのか

台湾で知識系ユーチューバーとして初めて登録者100万人を突破した阿滴さんは、自分は先んじて業界に参入した幸運な先駆者だと謙虚に形容する。「私は山を登ったのではなく、たまたま地殻運動の前に山の上にいて、頂上まで押し上げられたのです」

阿滴さんはユーチューブを始めた当初のことを振り返る。当時、阿滴さんは歯を食いしばって8万台湾元(約34万円)の一眼レフカメラを購入した。しかし、その動画の質は、今どこにでもある8000元(約3万4000円)のスマートフォンで撮ったものとさほど変わらないという。これは、参入のハードルが下がったことを意味する。動画編集の知識的ハードルも同じだ。そして、ぶち当たりうる困難は、プロのユーチューバーがすでに経験済みだ。「その気さえあれば、今では誰もがクリエーターになれるのです」

ユーチューバーはすでに小中高生がゲームを見るだけのマイナーなプラットフォームではなく、メークからエンターテインメント、政治、資産運用、ニュース、法律、医療の知識まで、題材は全年齢層の興味をカバーできるほど多様になっている。テレビ局までもがチャンネルを開設し、有名芸能人も続々とユーチューブで新境地を開拓している。

阿滴さんは多くの人がユーチューブに参入している現状について、競争と考えることも、プラットフォームにとっての力強い勢力だと見なすこともできると話す。さまざまなジャンルの人がより多く流入すれば、どんなにニッチな動画でもファンは付くのだ。

「今はマスコミュニケーションというものはありません。あるのは脱マスコミュニケーションだけです。以前は各分野でみんなが知っているのは1人だけでしたが、今はどの分野にも多くの人がいて、昆虫や整骨など、どんなにニッチなジャンルであっても、その中で主要なチャンネルがあり、観客の視線を引き込むのです」。「それぞれの人がそれぞれの役割を担う」という言葉で形容できると阿滴さんは語る。一方で、脱マス化によって、これまでのようにプラットフォームでみんなが知っているような人物が生まれにくくなっているとも指摘する。

クリエーターになるハードルは下がったものの、それを「職業」とする難易度は反対に高くなった。「各分野にトップの人がいるのだから、どうすればその人たちに勝ち、抜きん出るかということが自身の課題になるのです」と阿滴さんは言う。

▽ 脱マス時代、影響力こそが自身の超能力

台北市メディアエージェンシー協会(媒体服務代理商協会)が発表した2021年の「台湾メディア白書」によれば、インターネット広告費は2017年に初めて地上波テレビを上回り、その差は年々拡大している。ネット上でのプライバシー保護意識の高まりによって、フェイスブックなどの大手プラットフォームは個人情報の収集に関する決まりを厳格化し、広告業者はターゲット層にピンポイントにアプローチするのが難しくなった。この状況下で、個人の特色が明確なユーチューバーやニューメディアのクリエーターはかえってその重要性を際立たせられるようになったと阿滴さんは指摘する。

「クリエーターには、自身と積極的にやり取りし、個人情報を提供してくれる明確な受け手がいます。受け手の視線や再生数はそこに集まり、宣伝において重要な支点となるのです」。登録者数が100万人を超えている大物であるかはそれほど重要ではない。大切なのは受け手との間に築かれた信頼感やスティッキネス(粘着性)なのだ。

阿滴さんは例を挙げる。登録者数100万人超えのクリエーターがある製品の共同購入参加を呼び掛けたとする。単価は1000元(約4300円)で、メーカー側が高めの20%の利益をクリエーターに配分するとすれば、クリエーター側は登録者の100分の1に当たる1万人がその商品を購入するだけで200万元(約863万円)の収入を得ることができる。「お金を稼ぐことが一番の目的なら、本当にたくさんの方法があるのです」

専業ユーチューバーとして自給自足する方法は、個人の影響力を活用することだと阿滴さん。広告案件や関連グッズの販売、商品の共同購入呼び掛け、有料コミュニティー、ブランドとのコラボ、個人の事業の立ち上げなどに手を広げて初めて、ある程度の収入を得ることができるようになると話す。

だが、その大前提は、長い無名時代を乗り越えることだ。

ユーチューバーのスタート地点はゼロであることを忘れてはいけない。再生されなければ、収入はないのだ。阿滴さんの1年目の収入は年間でわずか3万元(約13万円)ほどだった。もしお金稼ぎを目標としてこの職業に身を投じたとすれば、すぐに失望することだろう。「でも、趣味として参入すれば、損になるのは自分の時間だけです。1カ月に稼げる金額は普通の会社員ほどではないかもしれませんが、少なくとも自分が好きなことをするからこそ長く続けられるのです」

趣味を仕事とする。それは夢のようだが、小さなことがきっかけで自分が押しつぶされてしまうこともある。

▽ 一時はうつに 見過ごせないクリエーターのメンタルヘルス

2020年の新型コロナウイルス流行後、阿滴さんは「台湾から人身攻撃を受けた」と主張した世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長に反論しようと、「Taiwan Can Help」(台湾は手助けできる)のメッセージを伝える広告を米紙ニューヨーク・タイムズに掲載するためのクラウドファンディングを仲間と共に発起した。だが、その準備過程で物議を醸し、ネット上で厳しい批判を浴びた。

矢面に立たされるのは初めてではなかったものの、これをきっかけにユーチューバーになって以来長く抑え込んでいた心の問題が噴出した。

昨年7月、阿滴さんは動画の中で、自身がうつ病を患っていることを告白した。クラウドファンディング終了以降うつ傾向になり、自己否定感や深刻な睡眠障害、仕事上の焦り、理由なく泣いたり、震えが出たりといった症状が現れるようになった。症状が重い時は自分の考えをコントロールできず、原稿を読み上げることすらできなくなった。歩く屍のようだったという。

1年近い治療や考え方の調整、運動の末、やっと次第に低迷期を抜け出し、症状も明らかに改善していった。阿滴さんは笑いながらこう振り返る。数年前に台湾のユーチューバーを代表して世界のクリエーターが集まるイベントに2度参加した際のこと。「なんでメンタルヘルス管理に関する講座がこんなにたくさんあるんだろう。みんなどれだけ必要としているんだろう。さすがに多過ぎでしょう」と思っていたのだという。今の阿滴さんにはその理由が分かる。

登録者数200万人を達成し、人生の勝者かのように見えていた2019年、阿滴さんは人生に迷う時期に入っていた。チャンネルのコンテンツの8割が英語学習に関するもので、ターゲットとする視聴者数はすでに頭打ちになろうとしていた。

未知のもやもや感に包まれながら、阿滴さんはキャリアの次の一歩を懸命に探り、どのようにして新たな収入源を開拓するか考えていた。教育系ではない、柔らかい雰囲気のサブチャンネル「阿滴日常」を開設したほか、投資や副業への挑戦もした。「でもどれもあまり成功していません。人はやはり一つのことに集中した方がいいのです」

ユーチューバーは絶えず「アウトプット」する仕事だと阿滴さんは断言する。新たな興味を見つけることを忘れた時、人は空っぽになってしまいやすい。生活の中で大きな変化やアクシデントがあれば、重圧に耐え切れなくなり、病を患ってしまう。

うつに押しつぶされてしまう前、阿滴さんは食事からゲーム、お出かけまで生活の全てを仕事の撮影と捉えるよう自分に言い聞かせ、動画を毎日更新することにこだわっていた。同時に、ネットで自分の名前をしょっちゅう検索しては自分に対する批判コメントを見ていた。視聴者が減るのが怖かったからだ。「あんな仕事のストレスは、普通の人が耐えられるものではありません」と阿滴さんは言う。

▽ ユーチューバーとしての情熱を燃やす燃料を取り戻す

ユーチューバーという職業をどう形容するか。この質問を投げ掛けると、阿滴さんはうつむいてしばらく考え込んだ後、こんな答えを返してきた。ー燃えるようなものだーと。

「ユーチューバーとはどんな職業なのか」との問いに対して考え込む阿滴さん(鄭清元撮影)
「ユーチューバーとはどんな職業なのか」との問いに対して考え込む阿滴さん(鄭清元撮影)

「ユーチューバーになるのは火を燃やすようなものです。火の中にあるのは、自分の持っている全ての人生上の経験です。放たれる光とエネルギーの周りに自分を好きな人が暖を取りに集まってきて、小さな輪が生まれます。でも薪を足し続けないと火は燃え尽きて、情熱が失われ、周りにいた人も去っていくのです」

少し前の阿滴さんはまさに燃え尽きていて、骨すらも残っていなかった。しかし、ゼロからやり直すのもそんなに悪いことではないようだ。

病気から回復して阿滴さんは改めて自分に尋ねてみた。「どのくらい稼げば成功と言えるのか。どれほどの知名度が欲しいのか」と。答えは、楽しくて健康なのが最も大事ーというものだった。今までのようにたくさんの仕事を受けなくなった。もしかしたら、稼げるお金は同期のクリエーターほどではないかもしれないが、自分がやりたいことに時間を使う方がもっと意義があり、楽しいことだと考えた。その一例が「地上の理事長」になることだった。

「理事長」の肩書から思い浮かぶのは、ベテランで年齢が高い人物だ。協会を設立して理事長になるのは決してお遊びではない。集会を開催して諸問題を解決し、福利を勝ち取るのに奔走するといった仕事では、決してお金儲けはできない。「この仕事をするのはある種の召命でしょう。なんとかやっていければいいのです」。彼をこう形容している人が他にいるのかは知らないが、今の阿滴さんはちょっと“ホトケ系”と言えるのではないか。

クリエーターは仕事以外に新たな趣味を見つけないといけないと阿滴さんは強調する。「一人の人間として、仕事をしていない自分も価値のある人間であることを忘れないでほしい。仕事だけに価値があるとは思わないでほしい」

チャンネル開設当初、英語を教えて誰かのために役に立つことで楽しさを感じていたと阿滴さんは初心を振り返る。それが自己実現の達成感の一部であると同時に、最初に火の中にくべた燃料だった。徹頭徹尾、実は何も変わっていない。ただ、選択の形式が少し変わっただけだ。

▽ 理事長の半リタイア生活 規則正しい生活で自分を整える

阿滴さんは引退しようとしているのか。「そんなことはありません。どちらかといえば半リタイアです」と阿滴さんは笑う。

チャンネルはいつか頭打ちになると率直に分析する阿滴さん。台湾のユーザーにも限りがあり、コンテンツもいつか飽和状態になる時が来る。それならば、余力を使って、やりたいことをやり遂げた方がいいと話す。

第一線で突っ走るクリエーターではもうないかもしれないが、阿滴さんは今でもユーチューバーの世界が好きだと言う。そこは、趣味を仕事とし、目を輝かせるクリエーターで溢れている。阿滴さんは彼らを背後から支援し、この業界がますます強大になることを見守っている。

「でもこの前提は、私がこの業界を7年経験し、業界内である程度の積み重ねができていることにあります。だからこそ選ぶ権利が少しあるのです。この心持ちが、業界に足を踏み入れたばかりのクリエーターにふさわしいとは限りません。新興クリエーターならば、毎日自分を燃やそうとし、頑張って上に行こうとした方がいいです」。なんとか諭そうとする姿はまさに理事長だ。

カメラの電源を切り、マイクをしまい、スタジオの照明を消す。「病を患ってからは、PTTやDcardといった匿名掲示板は全く見なくなりました」。阿滴さんは肩の力が抜けたように語る。

辛い時期を乗り越え、爽やかな笑顔を見せる阿滴さん(鄭清元撮影)
辛い時期を乗り越え、爽やかな笑顔を見せる阿滴さん(鄭清元撮影)

阿滴さんは現在、規則正しい生活を送っている。平日に働き、週末は休む。公園でお茶を飲んだり、シャンチー(象棋)を楽しんだりもする。まだ32歳の若者なのだ。阿滴さんは自慢げにこう明かす。「ここ3週間、エルデンリング(アクションRPG)に80時間を費やしました。週に3日は筋トレをしています。鍛え過ぎてスタジオにある服がきつくなってしまいました」

阿滴さんの現在の幸福指数は何点か。「80、90点くらいでしょう」。レンズが入っていない眼鏡の奥にある瞳は楽しそうに笑っていた。

(葉冠吟/編集:名切千絵)

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