中央社は世界の五大陸に及ぶ主要国・地域に約30カ所の拠点を設け、特派員を置いて現地取材を行っています。本記事では、バンコク特派員がタイ北部の中心都市、チェンマイにある1軒の中国語書店を訪れる人々を取材した特集(2024年8月21日配信)を、日本語に編集・翻訳してお伝えします。
タイ第二の都市、チェンマイの旧市街外にある書店「飛地書店・チェンマイ Nowhere Bookstore」は、台湾に住む香港人らが台北・西門町で2022年に開いた書店の支店で、販売されているのは全て中国語書籍。台湾や香港で使われている繁体字の書籍も、中国などで使われている簡体字の書籍もある。ジャンルも歴史や文化から現代の社会問題を扱うものまで多彩だ。
記者は当初「タイで中国語書店の需要はあるのか?」と疑問を抱いていたが、店を訪れる客は後を絶たない。台湾人や中国人、香港人が集まり、店はチェンマイの中国語コミュニティーとなっていた。
取材中、20歳を少し過ぎたくらいに見える女性客が記者に話しかけてきた。中国の大学で芸術や創作を学んでいるといい、記者が台湾から来たと知ると「台湾!心のふるさとです!」と目を大きくした。
中国の創作環境について「基本的に(中国には)芸術創作の余地はもうありません」と語る。先輩たちの勧めで来たというチェンマイの創作環境や雰囲気はまさに理想的で、この地にとどまり続ける可能性を探っていると話していた。
23年にチェンマイに来た26歳の女性はかつて、中国・北京のメディアで働いていた。新型コロナウイルスの流行時、中国当局の管理がとても厳しく、きちんと食事ができる空間さえないことに気づき「毎日の暮らしがこんな状況でいいのか」と自問。中国のSNS「小紅書」で学生ビザの取得のしやすさや、生活費が欧米と比べて安いことなどを理由に、多くの中国人がタイを推薦していたことが移住の決め手になったと語る。
タイに来てから半年は、よく意味もなく泣きたくなっていたと振り返る。タイでの生活を「殻を打ち砕いて、普通の生活に戻ること」と表現する彼女にとって、最も印象的だったのはタイの旧正月を祝う水かけ祭り「ソンクラーン」だという。
道で楽しそうに歌ったり踊ったり、水を掛け合ったりする人々を目にした時のことを「意味がわからないタイ語の歌を聴いているのになぜか涙が出そうになって、本当に幸せだと感じた」と話した。
夫と共に中国からバンコクに移住した、30歳前後の柴さんもインタビューに応じてくれた。ネット検閲をかいくぐってニュースを見るのが好きだった夫は、新型コロナウイルスが爆発的に流行する前の社会の雰囲気に違和感を覚えていたという。鎖国状態になることを心配した上に、中国の経済があまり好調ではないことも後押しになり、生活環境を変えるのも悪くないと移住を思い立ったと話した。
北京で会社員として働いていた夫婦は「人生の先が見通せてしまう」状態だった。柴さんは、不景気と中国の制度は多くの人に大きな息苦しさを感じさせていて、コロナ禍がさらに拍車をかけたと語った。
柴さんもソンクラーンに感銘を受けた一人だ。大勢の人々がためらうことなく見知らぬ人を祝う様子を見て、「このような人と人との間の信頼関係は、中国にはないものだ」と感じたと吐露した。
タイでの生活が4年を超え、心が以前よりかなり安定し、自分自身に目を向けるようになったと話す柴さん。不確実さへの恐れが減り、心が健康になり、より自由な生活を送れるようになったのだという。