南部・高雄市政府で、一人の日本人男性が働いている。青森県むつ市から派遣されている小林晋さん(43)だ。高雄市着任から9カ月がたった1月、中央社のインタビューに応じた。
高雄、むつ両市のつながりは、1988年に双方の中学校が交流を始めたことにさかのぼる。産品の販路開拓やインバウンド、関係人口の増加を狙っていたむつ市は高雄にチャンスを見いだし、自治体間の交流をスタート。2024年には青森県を含む3者で国際交流促進覚書を締結した。この流れの中で、交流加速のために職員の派遣を決めた。
なぜ小林さんに白羽の矢が立ったのか。地方公務員としては異色の経歴が関係している。
東京都で生まれ育った小林さん。20代の頃には起業した知人の手伝いで、中国・上海で5年ほど生活した経験がある。その後、むつ出身の妻が、家族の看病のために帰郷しなければならなくなり、共に移住した。移り住んですぐは「想像していた以上に田舎」と感じ、働き口も少なかった。臨時職員として市に勤務した後、民間経験者を対象にした採用試験に合格し、19年に正式に入庁した。
むつ市役所ではシンガポールへの販路拡大や、新型コロナワクチン接種の関連業務、大学誘致、さらには民間のむつ商工会議所への派遣などを経験。商工会議所時代、高雄・青森・むつの交流促進覚書に加え、会議所と高雄市観光協会による民間団体同士の覚書締結のために2度、高雄を訪問した。
上海で培った語学力やコミュニケーション力、国際的な視野、柔軟性などが買われ、小林さんの派遣が決まった。
高雄市政府では行政・国際処で勤務している。むつ市からは「何かやって」というざっくりとしたミッションが与えられているといい、交流をつくり上げることが主な業務だ。さまざまな関係者や、日本台湾交流協会高雄事務所(領事館に相当)などと連絡を取りながら、何ができるかを模索する日々だと語る。
昨年に行われた両市の交流は多岐にわたる。7月にむつで行われた「大湊夜市」では小林さんが高雄で手配した台湾のちょうちんが飾られ、台湾ビールも振舞われた。同月に高雄で開催された「日台高雄フルーツ祭」では、むつ市連合婦人会の会員らが伝統芸能「おしまこ躍り」を高雄市民と共に踊った。
さらに海洋国際青年フォーラム「オーシャンチャレンジ」(高雄で9月に開催)に県立むつ工業高の生徒が参加したり、高雄の羅達生副市長が8月にむつを訪問して神社の例大祭に参加したりもした。これら全てに小林さんが携わっている。
年度途中で新たな事業が決まっても、むつ市では予算の支出が難しい。費用をどうやって捻出するかも小林さんの腕の見せ所だ。高校生の出場が急きょ決まったオーシャンチャレンジでは、地元企業約50社などからなる「むつ下北未来創造協議会」に旅費提供で協力を仰いだ。高雄市も、日台高雄フルーツ祭りでは参加者に旅費を出すなど、協力的だという。
自治体間がメインの連携を、今後は民間レベルに広げることに力を入れたいと意気込む。理由として、自治体では何か事業をやったとしても「10年後に振り返った時、跡形もなく忘れ去られている」ことがよくあると指摘。教育やスポーツといった分野での連携を進め、「市民同士のつながり」をつくっていきたい考えを示した。
むつ市は青森市の青森空港からおよそ2時間の場所に位置する。さらに同空港に就航している台湾便は北部・桃園市の桃園空港発着。高雄から桃園空港までは高速鉄道(新幹線)で向かっても2時間はかかる。高雄でのむつの認知度向上のためにも、小林さんは「高雄─青森便」が就航すれば…との思いがあると話した。
インタビューを通じ「台湾、特に高雄の人々にむつ市のことを知ってもらいたい」という思いをひしひしと感じた。最後には、むつは「都会の人が憧れる田舎暮らし」ができる場所だと紹介し、記者に対しても「ぜひ来てください。いつでもご案内します」とアピールしていた。
(田中宏樹)


