中華圏の映画界で最高峰の賞とされる「ゴールデン・ホース・アワード」(金馬奨)の第54回授賞式が11月25日、台北市の国父紀念館で開かれた。前回は長編フィクション作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞の主要4部門を中国大陸に総ナメされ、涙をのんだ台湾映画界。今年の台湾映画は質、量、題材ともに豊富で前評判も高く、“リベンジ”に高い期待が寄せられた。
▽「大仏+」が最多5部門受賞
最多受賞を果たしたのは、10部門にノミネートされ有力視されていた「大仏+」(大仏普拉斯)。新人監督賞、脚色賞、オリジナル映画音楽賞、オリジナル映画楽曲賞、撮影賞の5部門を制した。
新人監督賞に輝いたホアン・シンヤオ(黄信堯)監督は今作が長編フィクション第1作目ながらも、これまで20年近くに及ぶドキュメンタリー監督の経験を持つ。「社会を観察するのが好きで、生活中の些細な出来事や友人の話、ニュースで見たことなど全てこの作品の中に反映した。この作品をこれほどまで台湾社会に寄り添った作品に仕上げるのに、ドキュメンタリー製作の経験は大きな役に立った」とプレスルームで明かした。また、3年前の金馬奨で今作の土台となる短編「大仏」が上映され、チョン・モンホン(鍾孟宏)監督の目に留まったのがきっかけで長編化が決まったことに触れ、「この作品の縁は3年前の金馬から始まった」と感慨深げに語った。チョン監督は今作ではエグゼクティブプロデューサーとでカメラマン(「中島長雄」名義)を担当。撮影賞を受賞した。 ▽「大仏+」の音楽、日本人ミュージシャンも参加オリジナル映画音楽賞、オリジナル映画楽曲賞は客家人歌手のリン・シェンシャン(林生祥)がダブル受賞。同作のサウンドトラックにはシェンシャンを中心とするバンド「生祥楽隊」のメンバーとして、日本人の大竹研さん(ギター)、早川徹さん(ベース)らも参加している。授賞式ではシェンシャンとともに大竹さんと早川さんもステージに立った。
受賞後、「うれしいです。ありがたいです」(大竹)、「誘ってくれたリン・シェンシャンに感謝します」(早川)と中央社の取材に対して喜びを語った2人。2人とも大きな映画の音楽に参加したのは初めてだという。早川さんはホアン監督について「音楽をよく分かっている監督さん」だと語る。リハーサル時からホアン監督が来て、映像を見ながら音楽を入れるタイミングなどについて指示を受け、監督のビジョンを具体化するために力を尽くしたという。大竹さんは、ホアン監督からその場で音楽のリクエストが飛んだこともあったと裏話を明かした。
▽長編フィクション作品賞は「血観音」 女優賞制覇最も注目される長編フィクション作品賞にはヤン・ヤーチェ(楊雅[吉吉])監督の「血観音」が選ばれた。女性だけの一家の人間模様を描いた同作。一家の長を演じたカラ・ワイ(恵英紅)が主演女優賞、娘役のヴィッキー・チェン(文淇)が助演女優賞と、女優賞2部門を制覇し、出演者の演技が高い評価を受けた。
香港のカラはベテランながらも、金馬奨の主演女優賞受賞は初めて。受賞スピーチでは、2003年に助演女優賞に初ノミネートされたものの、名前が呼ばれなかった際、「いつかこのステージに立って主演女優賞を取りたい」と誓った思い出を涙を浮かべながら披露。今作では役を勝ち取ろうと、キャスティングの時から役になりきっていたエピソードを明かし、ヤン監督に「選んでくれてありがとう」と感謝した。助演女優賞を手にしたヴィッキーは弱冠14歳。助演女優賞受賞者としては、史上最年少となった。ヴィッキーは台湾生まれだが、中国大陸・北京で育っており、台湾映画への参加は今作が初。名前が呼ばれると信じられないといった表情でステージに進み、涙を流して声をつまらせながら受賞の喜びを語った。「スピーチを準備していたけれど忘れちゃった」と可愛らしい一面をのぞかせつつも、今後について「期待を裏切ることはしません」と女優業にかける強い思いを語った。プレスセンターでの取材では、作品のオファーを受ける際、ただ「台湾で撮影できるなんて素晴らしい」とだけ思い、特に何も考えていなかったと告白。台湾での撮影は「お弁当が美味しかった。毎日昼食や夕食は何か考えてた」と無邪気に話した。「これほど暗黒面を描いた作品に作品賞をくれた審査員に感謝したい」と感慨深げに語ったヤン監督。同作は政財界を股にかける一家の女性3人を中心に、社会の闇や家族内の愛憎劇を描いた作品。ヤン監督は、「30年前の話のようだが、台湾社会の闇、政府と財団の癒着は変わっていない」と作品に込めた批判の精神にも言及した。▽女性監督の活躍目立つ 監督賞、短編作品賞、ドキュメンタリー賞受賞今回の金馬奨では女性監督の活躍も目立った。監督賞に「天使は白をまとう」(嘉年華)のヴィヴィアン・チュウ(文晏)監督が選ばれたほか、短編フィクション作品はリー・イーシャン(李宜珊)監督の「亮亮与噴子」、ドキュメンタリー作品賞はマー・リー(馬莉)監督の「囚」が受賞した。
「天使~」は性的虐待を受けた少女、身分証を持たず不法就労をしながら一人で生きる少女の2人を物語の中心にした作品。「亮亮与噴子」では兄の子供の世話に追われ、世の中に無言の抗議をする少女が描かれた。2作とも女性(少女)をめぐる問題に焦点が当てられ、女性ならではの視点で現代社会に疑問を投げかけている。
リー監督は、同作は自身が子供のころ、ベビーシッターをしていた母の手伝いで幼児の世話をしていた経験がきっかけで生まれたと語る。家庭では一般的に子供の世話は女性の役割とされ、もしも世話をしなければ「責任感がない」とのレッテルを貼られることに疑問を感じていたとし、同作を通じてこの思いを表現したかったと話した。▽バンブー・チェンが大きな存在感 「アリフ」で助演男優賞助演男優賞を獲得したバンブー・チェン(陳竹昇)は受賞作の「アリフ、ザ・プリン(セ)ス」(阿莉芙)をはじめ、「大仏+」「天使は白をまとう」「健忘村」と出演作4作品が今回の金馬奨にノミネートされ、大きな存在感を放った。
「アリフ」では、性転換手術で女性になったバーのママを熱演。「大仏+」で見せたしがない中年の姿とは一変、妖艶で儚げな人物を演じ切り、これまで舞台で培ってきた確かな演技力を発揮した。
▽台湾映画の勢い見せつける昨年悔しい思いをした台湾勢。今年は最大の賞と言われる長編フィクション作品賞を「血観音」が制したほか、「大仏+」が最多5部門受賞など、台湾映画界にとっては嬉しい結果がもたらされた。審査員団の主席を務めたウー・ニェンジェン(呉念真)は「若い監督はすでに一世代前の台湾映画と監督に別れを告げ、新たな路線を切り開こうとしている」と総評。今回の受賞結果は、新たなステージに進もうとしている台湾映画の勢いを見せつけるものとなったと言えるだろう。
(名切千絵)