(新北中央社)日本統治時代に建設された台湾初の水上飛行場の遺構が、観光スポットとして人気の北部・新北市淡水区に残っている。新北市政府が先月28日、フェイスブックで紹介した。第2次世界大戦後に飛行場としての役目を終えたが、一部の遺構が市定古跡に登録されており、当時の歴史を今に伝えている。
文化部(文化省)のデータベース、国家文化資産網によると、飛行場は淡水河沿いの鼻仔頭と呼ばれる地域にあった。陸地が川に張り出した地形で、河口に向かって4~5キロの河道が滑走路に利用できることから、建設に適していると判断されたという。
飛行場は1940年から41年にかけて建設され、台湾唯一の民間水上飛行場となった。航空事業の発展と運航の安全確保のため、42年には隣接地に台湾総督府気象台淡水飛行場出張所が建設され、航空気象観測を担った。
第2次世界大戦後、飛行場は空軍に、気象台が中央気象局(当時)に接収された。その後、当時の建物の大部分は解体されたが、防空壕や庭園、スロープ、風況を観測する塔、庁舎の階段の遺構などは2000年に台北県政府の県定古跡(当時)に登録された。
新北市政府は、水上飛行機が淡水河を発着する航空機の光景に思いをはせてほしいと呼びかけている。