台湾原住民(先住民)は、アワやもち米を原料にした酒を作ることで知られている。原料が貴重で技術も必要なことから酒は神聖なものとされ、原住民文化の中では人々と祖先をつなぐ重要な役割を果たす。
原住民アミ族の許震詮さんと妻の莎莎さんは、伝統的な酒造りを受け継ぎ、醸造所「出力醸 トゥルーリ―・ワイン」を営んでいる。時代とともに忘れ去られようとしている、野草を原料にこうじ(麹)を作る手法を将来に残そうと奮闘している。
台東県東河郷にある、旧製糖工場をリノベーションした「新東糖廠文化園区」。この一角に「出力醸」の醸造所として使われている倉庫がある。記者が訪れると中には伝統的な酒造りの道具が飾られており、原住民の伝統酒の香りが漂っていた。
テーブルの上にはいくつかの植物が置かれていた。ハーブティーも売っているのかと勘違いする観光客もいるというが、これらは全てこうじの材料となる植物だ。
東海岸のアミ族はもち米やアワを発酵させて酒を造るが、発酵にはこうじが欠かせない。かつてのこうじ作りには、集落の周辺で採取できる植物が使われていたという。
7年前に出身の集落に戻って酒造りを学び始めた許さん。莎莎さんの父から技術を学んだ後、複数の集落を巡り、それぞれのお年寄りにも教えを請い、各地のこうじ作りの方法や原料となる植物の種類について情報を集めた。
その後、こうじ原料の植物が安定して手に入るよう、醸造所の近くで莎莎さんと一緒に畑を耕して植物の栽培を始めた。だが度重なる風害により、種としていた植物がなくなってしまった。
事情を知った農業部(農業省)台東区農業改良場が救いの手を差し伸べた。研究員がキクやヨモギ、ミカン、バジルの仲間など9種類の植物を採集。さらに繁殖技術や種の保存条件を確立させた。こうじ原料を安定的に生産するだけでなく、植物種の保存の役割を担うことも狙っているという。
これらの困難を乗り越え、許さんと莎莎さんは醸造所をオープン。2020年に台東でアミ族の伝統的な醸造所としては初めて、酒造許可を得た。出力醸の酒は、今では集落の祭典や結婚式に欠かせない飲み物になっている。
模索や失敗、再起を通じて伝統酒の製造技術を身に着けた許さん。今一番うれしいことは、原住民の若者たちが酒の作り方を習いに来ることだと語った。